教会

「なんだよ。ついてくんなよ」


服屋の男の家から逐電したアラベルは、自分の後をしつこくついてくるギャナンに、忌々し気にそう吐き捨てた。彼の歩調には全く合わせることなくノシノシと大股で歩くが、ギャナンは小走りになりながらもどこまでもついていった。


こうして夜になり、さすがにアラベルも腹を空かせて歩けなくなると、また道端に座り込んでしまった。


この頃のヨーロッパは、<衛生観念>というものが欠落したかのように排泄物などは、<おまる>にしたものをそのまま窓から捨てるのが当たり前で、そのため、家が立ち並ぶ道などには、それこそ投げ捨てられた糞がうず高く積もっている場所さえ珍しくなかった。が、さすがに家などがまばらなところではそれもマシではあったが。


アラベルとギャナンが座ったのも、そういう場所だった。その道の先には、教会が建っているだけだったのだ。


「教会…か……」


奥に見える建物が教会であることに気付いたアラベルの頭にある考えがよぎった。そして邪悪な笑みを浮かべてギャナンを見て、


「おい、こっちにこい!」


と命じた。


「……」


怪訝そうな顔で近付いてきた我が子を抱え上げ、アラベルは教会に向かって歩き出す。そして、教会の扉をどんどんと叩いて、


「お願いします! お慈悲を、お慈悲を……! この子をお助けください!」


などと、まるで別人のような高い声を出して叫んだ。


少しして、扉の向こうに人の気配があり、半歩下がると、


「どうなさいましたか…?」


中から神父らしき長身痩躯の男が顔を覗かせた。年の頃は五十になるかどうか。柔和な表情の、優し気な人物だった。そんな男に、


「亭主が乱暴者で、このままでは殺されると思って、この子と一緒に逃げてきたんです! お慈悲を! お願いします!」


などと、驚くほどにスムーズに口から出まかせを並べて、涙まで流して、偽りの窮状を訴え出た。


しかし、アラベルとギャナンの手足にはあちこち痣があり、なるほど一見すると何らかの暴行を受けた痕のようにも見えた。


もっとも、ギャナンのそれは、アラベル自身の暴行によるものであり、アラベルの手足のそれも、実は、自身がキレて暴れた際に家具や壁などにぶつけてできたものであって、他人からの暴力によって負ったものではなかったが。


それでも、アラベルの迫真の<演技>に、神父らしき男は、


「それはそれは、賢明な判断です。神はあなた方をお見捨てにはなりません。さ、どうぞ、中へ。神の声に耳を傾けぬ不敬の輩は、ここには立ち入れません」


と告げて、笑顔で母子を迎え入れたのだった。


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