服屋の男

『飯くらい作れるんなら、俺んとこに住んでもいいぜ』


いかにも好色そうな表情をした男にそう声を掛けられて、アラベルは、ギャナンと共に男の家に転がり込んだ。


男は、女房と子供に逃げられて一人暮らしをしている服屋の店主だった。腕はいいし、売り上げも悪くはなかったのだがどうにも女癖が悪く、客の女を家に連れ込んで『いたしている』ところを女房に見られ、激高した女房が子供を連れて出て行ったというのが経緯だった。


女房が出て行ってまだ数日しか経っていなかったというのもあり、厨房にはそれなりにいい食材が残されていて、アラベルはそこにあったものでまあまあ良さげな料理を作って見せた。


「こいつぁいい! やっぱり俺の目には狂いはなかったぜ! お前はいい女だって一目で分かったからよ!」


男はいたく感動して、


「なんならずっといてくれていいんだぜ!」


と口にした。


こうしてアナベルとギャナンは服屋の男の家に住むことになった。思えば、この時が一番、ギャナンにとっては安らかな時間だったかもしれない。何しろ服屋の男は、好色で節操がないことを除けば、稼ぎも悪くなく、しかも、ギャナンのことは構いもしない代わりに虐げもしなかった。飯も、母親が自分と服屋の男のために作ったものの残りとはいえほぼ毎食食べられたのだ。


ギャナン自身が余計なことをせずにずっと部屋の隅でおとなしく座り込んで死んだ魚のような目で母親や服屋の男の様子を見ているだけだったから手が掛からなかったというのもあるだろうか。


『放っときゃおとなしくしてるんだからそれでいいだろ』


と、服屋の男は考えていたらしい。


母親のアラベルも、


『気味の悪いガキだな』


などと思いながらも敢えて放っておいてくれた。それで済んでいた。


なのにある日、


「あんた、またこんな女連れ込んで!!」


子供を連れて家を出ていた女房が突然帰ってきて、金切り声を上げながら服屋の男に詰め寄った。どうやら女房は、自分がいなくなれば家のことなど何もできない亭主が音を上げて心を入れ替えるかもしれないと考えたらしい。


しかし、そんな女房の目論見は見事に外れ、そこそこ家事ができる女を家に連れ込んでよろしくやっていたのを見てしまい。いよいよ堪忍袋の緒が切れたようだ。


しかも逆上した女房は、服屋の男の仕事道具の大きな裁ちバサミを手にして、男の腹を刺してしまったのだ。


「うわっ! こりゃやべえ!」


アラベルは、別に服屋の男のことなど愛してもいなかったので、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだと、すぐさま家を飛び出して、逃げ去ってしまった。


ギャナンのことは気にも留めず。


が、ギャナン自身が母親の後を追ったので、二人して逃げることになったのだが。


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