第24話 シンデレラとオオカミ

「はぁッ!」

アッシュの剣が獣の胸元を貫くように見えた。

しかし次の瞬間弾かれて、身体ごと押し返される。

(やはり銀の剣でも歯が立たないか。厄介な…)

赤ずきんの銀の弾が効果が無かったことから予想はしていた。

信じがたい、信じたくはなかったが、この魔者には『銀』が効かないらしい。

まるで聞いたことのない話だ。

メイの前では彼女を説得したいあまり『他に倒す方法を知っている』などと嘯いたが、正直あれ以外で魔者を倒す方法など知るはずもない。

銀は、聖なる気を取り込み魔を退ける奇跡の金属として遥か昔から世界中でお守り代わりに用いられてきた。

ある時協会が発足されると、英雄たちは世界中から銀を集めて研究を重ね、やがて最強の護符たり得る現在の『銀』を錬成することに成功した。

この人工的な貴金属には魔者打倒の他にもう一つの利点があった。

『銀は英雄にはまるで効果を発揮しない』。

意図的にそのように作られたのか、はたまた偶然の産物か。

英雄とはそもそも生まれつき聖なる気を普通の人間よりも多く宿す存在であり、それ故に伝説級の魔者をも打ち倒すことができるとされている。

英雄は銀、銀は英雄。

同質の存在ではその身体を傷つけることなどできないのだろう___

つまりアッシュの手元にあるのは、互いに対して永遠に忠誠を誓い、魔者を完全に沈黙させ得る、有能な相棒としての銀武器なのだ。

そのはずなのに、あのオオカミには、効かなかった。

(狩人たちの言う通り手数で攻めるしかないのか)

と言ってもアッシュが持つのは長剣一本のみ。

物心ついた頃からの親友を捨て置いて、様々な武器を手品師のように操るやり方は趣味ではなかった。

体勢を立て直して、もう一度オオカミをきっと見据える。

彼も間髪入れずに敢然と立ち向かってきた彼女に警戒したのか、前屈みになってジリジリと後ろに下がる。

飛びかかってくるか。

アッシュは剣を握る右手に力を入れる。

しかし、いつまで経っても巨体の動く気配はなかった。

ただじっと警戒を続けているようだ。

(様子を見ているのか…?)

と、思うと。

「…あっ、待て!」

次の瞬間、獣は身を翻して地面を駆けていく。

アッシュは慌ててその後を追う。

(油断した。赤ずきんが危ない)

満月の下の特級の魔者。

これほど相手にしたくないモノもそうない。

有効打すらわからないのに、正面衝突はできるだけ避けたかった。

それでも無垢な少女の命が奪われる悲劇を思えば、これしき大したことはない。

本意ではないが__________

アッシュは胸元から拳ほどの大きさの銃を取り出す。

赤ずきんが持っているのと同じ類のものだ。

中に詰まっているのは銀ではなく鉛だが。

パン、と乾いた音が響くと、遠く背中だけ見えていたオオカミの動きが止まる。

最初から傷を負わせることは期待していない。

注意をこちらに逸らすことができればそれでいいのだ。

「お前の相手はこっちだ!」

腹から声を出せば思ったよりも遠くまで響いた。

そういえば、ここはユキの張った結界の中であることを忘れていた。

どちらにせよこれ以上遠くまでは行けない。

奴が赤ずきんの喉元へ噛み付くことは叶わない。

オオカミは無視して先へ進もうとしたが、やがてそれに気付いたらしかった。

「グウウウウ……」

苛立ったように唸り声を上げながら宙に体当たりしては虚しく突き返される。

「残念だったな」

アッシュは銃を投げ捨て、再び剣を両の手で握る。

「この結界の管理権限は私にある。赤ずきんのもとへ向かいたければ私を倒してみろ。決して負けはしないがな」

この言葉もどれほど伝わっているものだろう。

ユキの報告によれば、このオオカミ…いや、人狼には知性があるらしい。

だからこそこれまで協会も迂闊に手が出せなかったのだと。

とはいえ人の言葉が通じるのならばこれほど苦労することもなかっただろう。

言葉が通じる相手とは話し合いで事の解決を図る、それがアッシュのやり方だった。

(こいつにそんな茶番は通じないだろうけど)

ならばこちらから斬りかかるまで。

アッシュが踏み込もうとしたその時。

巨体は緩慢とした動作でアッシュの方に向き直った。

まるで先ほどの言葉に応えるかのように。

今度は前足を地面について、四つ足の姿勢を取る。

瘴気がより一層強まるのを感じた。

彼女と戦うことを決めたかのように。

(…何故突然やる気になった?今の言葉を理解したのか?まさか。きっと私の声が耳障りだったんだろう…すごい威圧感だ。それほどまでに赤ずきんを喰らいたいのか)

くらりとする頭を振って再び鋭い眼光を正面から見つめ直す。

ならばなおのこと、何としてもここで食い止めなくてはならない。

たとえシンデレラたるアシュレイが、命を散らすことになろうと。

両者はほぼ同時に構え、地面を蹴る。

月夜に煌めく銀色の刃と鋭い鉤爪が、空中で交差する_______________

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