第22話 決戦の前に

今夜は晴れるそうだ。

オオカミはきっと姿を現す。

メイは確信にも似た思いを抱きながら、西の空に沈みゆく太陽を眺める。

間もなく月の時間が始まる。

その光が最大となり、闇にうごめく者たちを遍く照らす夜が_____

「オオカミが出るとしたら、ウチの店の開店と同時くらいよ」

セシルのワンポイントアドバイス。

「何でそう言い切れるの?」

「そういう体質なのよ。本能が目覚めるのは月が最も輝くその瞬間って相場が決まってる。ま、準備運動でもして待ってなさいな」

セシルはいつもと変わらない。

しかしそんな気ままさに、メイはこれまで何度か救われてきた。

「私、本当は迷ってるの」

テーブルを布巾で拭く手を止めてメイは言った。

「今までだって迷ってばっかりだったけど。…だからこそ、今夜はっきりさせたいと思う」

セシルは微笑む。

「いいんじゃない?アンタが一番納得できるようにすれば」


自室に戻ればこれまで集めてきた武器類が並べてある。

しかし今夜メイが手に取るのはひとつだけ。

見境なしに用いたりはしない。

(どうか、届きますように)

祈りを込めて、銀の弾を手に取った。


「よう、嬢ちゃん」

まだ店は開いていないのに、一人の狩人が入口から顔を覗かせた。

「ちょっとまだ開店前よ。…メイ。そのオジサン、アンタの知り合いって言ってたから入れたけど…本当なの?」

そういえばバタバタしていたのですっかり失念していた。

彼は『おやっさん』、メイがオオカミとまみえた夜に再会したのだった。

あの後彼は無事にジルバの街に入れたらしく、こうして時々店に来てはメイはいないかと声を掛けていたのだという。

しかし最近はメイも何かと忙しく、顔を合わせることがなかった。

「本当です。親父さん、この前はすみませんでした」

メイが頭を下げると彼はいやいや、と手を振る。

「謝らんでくれ、わしは…嬢ちゃんの顔見たさにここまで来たが、顔色が良さそうで安心したよ」

言いながら店奥のソファにどっかりと座り込む。

セシルはちょいちょい、とメイを手招きする。

「大丈夫なのよね?」

「ええ。あの人、元からこの森のことを知っていたし」

「ということは、前にも入れたことがあるのね。それなら平気かしら」

セシルはこう見えてかなり慎重な性質だった。

何せずっと、このジルバの街と銀の森とを不届き者から守ってきたのだ。

メイを入れるときも本心では躊躇していたらしいが、最終的には『血の匂い』で決めたらしい。

『血ってのは正直なのよ。どんなに取り繕っても身体に流れるその色は誤魔化せない』

それがセシルの持論だった。

「あの人の血の匂いは?」

メイが何気なしに問うと、セシルはうーんと唸る。

「普通。完全な善人でもないし、救いようのない悪人でもないわ。アンタと一緒ね」

「…そう」

善と悪、すべてがその二つに分けられたらどれほど良かっただろう。

この世には英雄と悪役しかいなくて、境界線上にいる存在などはとうに淘汰されていて。

世界がもっと単純だったならば、メイもきっとこれほど悩むことなどなかった。

そしてきっと、『彼』も__________


「そういえば、今日もルヴァンは来ないのね」

メイはふと思い出して呟く。

本当はずっと気になっていた。

ここ三、四日姿を見ていない。

居たからといって世間話くらいしかしないのだが、居ないと居ないで気になるものだった。

「アイツも忙しいんでしょ、色々」

セシルは大して興味もなさそうに言う。

「そうよね…」

もしかしたらもう会えないかもしれない。

しかしそれを言えば、セシルとだって…

(考えるのはよそう。本来ならば、私はとうに死んでいた存在なのだから)

この店に来てほんの少しだけ、普通の少女になれたような気がした。

街外れの酒場で働く、変わり映えはしないけれど心穏やかな生活。

しかしそれは都合の良い夢物語だ。

そろそろ目を覚まさなくてはいけない。


オオカミと再び相見えるとき。

それはきっとひと月前のような無言の対峙ではない。

しかし独り善がりの心中でもない。

互いが一番納得のいく形で__________

それが叶うのならば、死ぬのは『赤ずきん』ひとりだって構わなかった。

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