第16話 白雪姫の憂鬱
必ず、何かある。
『白雪姫』_____ユキ・ヴァイスロッドは確信に近い形でそう思っていた。
具体的には、あの酒場に『赤ずきん』がいる。
しかしどういうわけか原則、あの街には英雄が立ち入ることはできない。
一般的な狩人などは問題なく入れるらしいのだが、例えば英雄協会に属するものやそれに協力していることが明白な者は、見えない壁のようなものに阻まれてしまう。
これは世界平和の維持という協会の責務に大きく支障をきたす。
もしその中で反乱が企てられていたとしたら?
『壁』がそれを隠匿するために、悪意を持って人為的に作られたものだとしたら…
即座に罰せられなければならない。
しかしどうにも尻尾が掴めないのだ。
(ようやくここまで入り込むことができたのに)
ユキは生まれ付いての魔法の天才だった。
障壁を完璧に崩すことはできなかったが、長年の研究と苦闘の末、何とかその効果範囲を狭めることに成功した。
そしてようやく立ち入れたのが街の入り口にある酒場『青薔薇』である。
セシル・ロージス。
住人などまるで見当たらないこの街で酒場を開く、得体の知れない男。
その情報は協会にも登録されていない。
いつどこから来たのか、英雄なのか魔者なのか、何一つわからない。
怪しさは抜群で、ユキはきっと何かあると踏んでいた。
そして最近__________
ユキは獲物を取り逃した。
赤ずきん。
トレの街で見つけてからここまで、片時も目を離さぬよう十二分に気をつけて追跡してきたのに、この近辺で突如として姿を消してしまった。
それこそ、魔法のように。
色々と耳をそばだてて、酒場に最近新しい従業員が雇われたことを知った。
無関係なはずがない!
しかしやはり決定的な証拠が掴めなかった。
(それにもし彼の言うとおりあの酒場がシロだったら…私は協会の名に傷をつけることになる)
事は慎重に進めなくてはならない。
どうにもじれったかった。
『それで、進展はあったのかい?』
上司たる英雄シンデレラ…アシュレイは、魔法陣を通してユキに語りかける。
「すみません、何も」
『謝ることはないよ。姿を見せたくないのなら仕方ない。前にも言ったけれど、逃げようとする野良猫を…』
「無理に籠に入れる必要はない。分かっていますが、そう悠長なことも言っていられないかと」
『何故だい?』
「次の満月まであまり時間がないからです」
ふむ、とアシュレイは唸る。
『とはいってもまだ十日以上ある。そこまで焦る必要は…』
「もし彼らが比較的近い場所にいるのだとしたら、赤ずきんの気配に触発されて、月が満ちる前に奴が行動を起こすこともあり得ます。十二分に警戒しておくべきかと」
淡々と言うと、ようやくアシュレイも折れたようだった。
『確かに、ユキの言うことはいつも正しい。分かった。このことは君に一任するよ。本当なら私も向かいたいんだが、別の仕事が入ってしまってね…でもくれぐれも手荒な真似はしないでくれ。赤ずきんの顔にも肌にも傷ひとつ付けることがないように』
「承知しています。それでは、魔力も限界なのでこの辺りで」
ユキはほぼ強引に会話を終わらせた。
何故シンデレラがこれほどまでに赤ずきんに執着するのか、彼女には理解しがたかった。
苛立っていた。
まごうことなき英雄の血筋として認められながら、協会への所属および世界への奉仕という誇り高き使命から逃れようとする赤ずきんに。
あの少女は恵まれている。
生い立ちの不確かさ故に、常に『証明』を求められてきた自分とは違って_____
(とにかく今は、一刻も早くあの障壁を破ることを考えないと)
またしばらく徹夜が続きそうだ、とユキは深々と息を吐いた。
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