第13話 ルヴァン

青年は走っていた。

何故彼女がここに?

いや、あり得ないことではなかった。

ここは銀の森、強力な魔者にとっては格好の餌場。

それを聞いて彼女がやってくるのは不思議な話ではない。

(あそこで逃げるべきじゃなかった)

頭では分かっていた。

逃げればますます怪しまれる。

だが本能が「逃げろ」と叫んでいた。

(矛盾している、俺は)

死にたいと願っているのに、まだ生きたいともがいている。

彼女がいる世界で。

一度だけでいい、また話がしたい。

縛るものなど何も無いと思っていた、あの頃のように_____


「やっぱりここにいたのね、ルヴァン」

空がわずかに白んできた頃。

セシルは『銀の森』の洞窟で蹲る青年を見下ろしていた。

「セシル。酒場にいたあの子は……知っていたのか?」

「知ってると言ったら?」

「…いい性格してるよ、あんた」

ルヴァンは弱々しく笑った。

「俺は、どうすればいい?」

「知らないわよ。情けないわね、獲物を前にメソメソ逃げ出したりして」

セシルは言いながら、店から持ってきたらしい毛布をルヴァンに向かって投げる。

「獲物じゃない。獲物は…俺の方だ」

受け取った毛布の端を握りながらルヴァンは呟く。

「そう思うなら尚更、刺激しないでちょうだい」

セシルの視線は店のある方角に投げかけられた。

「あの子、アンタを殺したらそのまま自分も後を追うつもりよ」

ハッとルヴァンは顔を上げる。

「呪いを壊すことが使命で生きる意味だと疑ってないの。哀れな子ね」

「…どうにか、オオカミは死んだってことにできないか。だからもう自由に生きていいと」

「話聞いてなかったの?そうしたらあの子、すぐにでも命を絶つわ」

重苦しい沈黙が訪れる。

やがてセシルは観念したように口を開いた。

「…仕方ないわね。アタシも手伝ってあげるから。ひとまず、さっきの態度は『無かったこと』にしなさい。平気な顔していつも通りに店に来て、あの子とも普通に話すの。しがらみなんて知らんぷりしてね」

「でもそれは…あの子に対する裏切りだ」

「今さら。過去を隠して黙って殺されようとしてる時点で、アンタは十分嘘つきの裏切り者よ」

容赦ない非難にルヴァンは身を縮める。

セシルは続けた。

「どうせ何もせずに待ってたって、アンタ達が対峙しなきゃいけない夜は来る。全てはその時になってから考えればいいことよ。これからどうなるかなんて分からないんだから」

ルヴァンは黙り込む。

対峙しなければならない夜__________

一度は乗り越えたはずなのに、もう一度同じことが起こると思うと足が竦む。

(俺は卑怯だ。彼女はずっと運命に向き合って苦しんできたっていうのに)


青年の名はルヴァン・フォルモント。

ウィザの森の奥に棲む邪悪な魔者、『オオカミ』の一族の末裔だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る