第11話 銀の森
多分、ここだ。
メイは寂れた街の入口に立っていた。
この街ではなく、向こうに広がる森から目が離せないのだ。
一見すると故郷のウィザの森と大して変わらないようだが、決して同じものではないと本能が告げている。
何と言えばいいか…あまりに『綺麗』すぎる。
薄く葉を広げる木々は太陽を受けてきらきらと煌めいていて、まるでそれ自体が白い光を放っているようだ。
ふとそちらから流れてくる風から薫るのは草木よりも爽やかで、不純物など一切混ざっている気配がない。
そしてことさら不気味なのは_____小さな街を挟むとはいえ、これほど近くにいるのに、鳥のさえずりすら聞こえない。
先日狩人も言っていたとおり、森というものは大抵昼間でも闇の気配に満ちていて、故に魔力がこもりやすいとされている。
「ちょっと」
それこそが魔者を生み出す要因となり得る。
ならば、この森からそういった邪なものは生まれないだろう。それどころか…
「ねえ」
美しすぎる水には魚も棲めないという話を聞くが、まさに同じ。
ただの動物ですら浮世離れしたこの異様な場所には近づかないだろう。
目に見えぬ神を畏れる人間たちのように。
それこそ、困窮してふらりと迷い込まない限りは…
(きっと、ここが銀の森だ)
メイは確信に近い形で思った。
「ちょっとアンタ!聞いてるの!?」
「わぁっ」
突然声を掛けられてメイの心臓が盛大に跳ねる。
いつの間にか、目の前には青年がいた。
少しウエーブのかかった滑らかな金髪に深い海のように蒼い瞳、バーテンダーのような服装もすらりとした体型に合う、絵に描いたような美青年だ。
だが、何か違和感を覚える。
妙に現実感がないというか、この場所には不釣り合いというか…
そもそも人の気配には敏感なメイが今まで気付かなかったのもおかしな話だった。
「…あなたは?」
「それはこっちのセリフよ!ああもうどいつもこいつも、他人の縄張り荒らして何が楽しいわけ?それとも何?アンタも死にに来たの?」
捲し立てられてメイは呆気に取られる。
しかし慌ててかぶりを振った。
「私は魔者を探しに来たの。特級の危ない魔者を」
青年の気迫に思わず喋ってしまった。
すると彼はすっと目を細める。
「そう。じゃあアンタが噂の『赤ずきん』ってわけ」
メイはびくりとした。
まずい。
やはり安易に話すべきじゃなかった。
咄嗟に胸元に手を入れる。
銃は持っている。
少し脅して、この場を切り抜けさえすれば…
「面倒くさいから二択で訊くわ。アンタがここに来たのは『壊す』ため?それとも何かを『守る』ため?」
唐突な問いかけにメイは動きを止める。
いきなり本質的なところを突いてくる。
いや…焦るな、答えは簡単だ。
胸を押さえながら少女はゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は壊すために来た。故郷に巣食う忌まわしい呪いを…オオカミを…私自身を」
少しの沈黙があった。
やがて青年はゆっくりと口を開く。
「…そ。って、やっぱり死にに来たってことじゃない。あーあもう沢山よ、アタシの酒場が自殺志願者の駆け込み寺になるのは」
呆れたように吐く息。
その時ようやく分かった。
この青年からは、『体温』を感じないのだ。
「今度は私の質問に答えて」
なおも言葉を続けようとする彼を遮ってメイは言った。
この直感が本物なら、賭けてみるべきだ。
「あなた、魔者でしょう。…オオカミの居場所を知ってる?」
青年は細い眉をぴくりと上げた。
「なぁんだ、気付いてたの。で?その上でアタシがそれに答えるとでも?」
「…答えなくてもいい。そのときは自力で探す。でも情報をくれるなら、片腕くらいはあげるわ」
「分からないわね。何でそこまでオオカミに執着するわけ?命削って立ち向かうより、役割を捨てて逃げてしまう方がずっとラクなのに」
「それは駄目。呪いのために死んだ人たちへの裏切りになる。ここで…死をもって終わらせなければ、不幸が生まれ続ける」
「不幸、ね」
青年は諦めたようにため息をつく。
「人間てのは命短いくせにいつも馬鹿みたいに生き急いでて、見てるだけでヒヤヒヤするわ。…仕方ないわね。情報をあげるから、うちの酒場にいらっしゃい。あ、対価なんていらないから。そんな細っこい腕なんて食べても美味しくないわよ」
メイは予想外の言葉に驚いた。
「でも…他にあげられることもできることもないわ。…あ、まさか英雄協会に私を売るつもり?それなら…」
「ああもう面倒くさい。ちょうど暇してたし、話し相手が欲しかったのよ。それが対価。あとアタシの前で協会の名を出さないで。嫌いなの、アイツら」
彼は不機嫌そうに言うと、次の瞬間には悪戯っぽく舌を出していた。
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