第10話 噂
『おやっさん』に教えられたとおり、メイはなるべく人混みを避けつつ目的地への歩みを進める。
その道中、街の裏通りで魔者退治をいくつか請け負って日銭を稼いだりもした。
結局彼女にできる仕事と言えばこれくらいだ。
あまり派手に動けば正体が明らかになりかねないというのもある。
そして手に入れた僅かばかりの金で、いくつか武器を仕入れもした。
と言っても戦力になりそうなものはどれも値が張って、結局手に入ったのは、ほぼ食事用のような錆びたナイフや、使い古されて刃の欠けた槍など。
不甲斐ない。
しかし彼女にはまだ銀の弾丸が一つある。
あの満月の夜、自害するために用いたが、どうやら心臓の外側で弾かれたらしいものだ。
『英雄に銀の弾丸は効かないのさ。英雄だからね』
そんな、わかるようなわからないような抽象的な台詞とともにアッシュが返してくれたものだ。
前の失敗がある、オオカミだって馬鹿ではないし、今度は気休めにすらならないかもしれない。
だが何もないよりはマシだろう。
(とにかく手数で攻めるんだ。今度こそ、もう後がないのだから)
一人の旅路は概ね平穏だった。
銀の森まで、この調子で進めばあと一日。
しかし人生そう上手く事が運ぶはずもなく。
道ゆく街人とのすれ違いざま、会話が耳に入ってきた。
「英雄協会から英雄が逃げ出したんだってよ」
「聞いたよ。しかも新入りだったとか」
「まだ本部に挨拶も済ませてないんだと」
「名前は知ってるかい。確か、赤_____」
背筋が凍った。
噂になっている。
アッシュの顔が過ぎる。
だとしたら…まずい。
想定していないことではなかった。
ひとり逃げ出したメイがどこに向かうかなど、彼女ならとっくにお見通しだろう。
だが彼女はすぐには追ってこなかった。
そこにほんの僅かに期待をかけてしまった。
しかしまさに正義の騎士然とした彼女が、それほど甘いはずがなかった。
「協会を裏切ったらどうなるか、知ってるかい」
「どうなるんだ」
聞きたくなどない。
しかし思わず耳をそばだててしまう。
「監禁だとよ。二度と反抗できないように、協会の地下に閉じ込められるんだそうだ」
「ええっ、相手も英雄だろ?そんな暴挙が許されるのか」
「勿論殺しはしないさ。ちょっと自由を奪われるだけだ」
メイはいよいよ呼吸が速くなってきた。
自由を奪われる。
それはメイにとって死よりも恐ろしいことだ。
使命を果たすことはおろか、自分の人生に自分で幕を引くことすら叶わないなど…
(たまったものじゃない)
気付けばメイは走っていた。
周りの視線を気にすることなく、増えたばかりの荷物の重さも忘れて、ただひたすら、照りつける太陽の光から逃れるように。
あと一日など悠長なことは言っていられない。
今夜中にも決着をつけなければならないのだ。
*
「シンデレラ。目標を見つけました。どうしますか」
『そうか。ならば引き続き行方を追ってくれ。見失わないように』
「何故ここで捕らえないのです。彼女の体力は尽きかけている、今が絶好の機会です」
『焦るな。野良猫は乱暴に檻に入れられることを拒むものだ。落ち着いて、自ら戻ってくるのを待とう』
「…了解」
メイの走っていた場所から程近く_____
短い黒髪にシャツと黒いズボンの簡素な服装の女性が、家屋の上から見下ろしていた。
左手をひと振りすると、宙に浮かんでいた掌ほどの青い魔法陣がすっと消える。
『本部』との連絡にはいつもこの魔法を用いていた。
それも魔法に長けた彼女が編み出したものだが。
「あの格好付け、どうにかならないものかしら」
屋根から屋根へと身軽に飛び移りながら女性は独りごちる。
紫色の瞳はメイただ一人を見つめている。
「余計な気を起こさないといいけれど」
赤ずきんはもう協会のものだ。
独断で無茶な行動することなど断じて許されない。
勝手なことをしでかしたその時は_________
懐から小さなナイフを取り出す。
メイの持っていたそれと似ていて、だけど百倍も切れ味の良さそうなそれは、鈍い銀色の輝きを帯びていた。
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