第8話 目的地へ

狩人は実に気の良い人たちだった。

やつれた様子のメイを見て、彼らは各々の獲物を勧め、下心なしにもてなしてくれた。

「へえぇ、若ぇのに大変だなぁ、おやっさんとどっちが苦労人だろうな」

「バカ言え、好きでこの道入って毎晩酒かっ喰らうだけのおやっさんと比べちゃいけねぇよ」

「おいおめぇら、今おれを侮辱したな?」

焚き火が豪快に燃やされ、あたり一面真昼のように明るくなった森の中で、ガハハと笑い声が響く。

メイは今まで味わったことのない空気感にすっかりたじたじになっていた。

「…あの、これを頂いたら、私はもう…」

「そう遠慮すんなってェ、ちっこいんだからもっと食いな食いな!」

髭面の男性が少女の背中をどん、と叩く。

危うく食べたものが口から出そうになった。


これでもう三日目だ。

メイは焦りを感じていたものの、数日の無理が祟ったのか身体はまるで言うことを聞かず、結果として彼らの寝ぐらに留まることとなってしまった。

おかげで体力はだいぶ回復したが。

あとは一刻も早く出立しなくては_____

「嬢ちゃん、調子はどうだい」

『おやっさん』と呼ばれる、最初の日に出会った狩人が、メイの隣に腰掛けた。

「そろそろ帰りてぇんじゃないのかい?」

渡りに船だった。

メイは頷く。

「…良くしていただいたことには感謝します。でももう行かなきゃ。親父さん…は、『特級』の魔者によく効く武器か何かを知っていますか」

辿々しく尋ねると、おやっさんは眉をぴくりと上げる。

「すると嬢ちゃんの獲物ってのは、特級なのか」

「…ええ、まぁ」

「ふむ。流石のおれたちも特級を相手にすることはそうそう無いねぇ」

だが、とおやっさんは続ける。

「どんなに強い魔者だろうが、みんな等しく『生き物』だ。不死身ってことはあり得ない。だから諦めず命尽きるまで踏ん張る。それが肝じゃないかね」

はっきりとしたことを言えなくて悪いね、と苦笑する。

メイはふるふると首を振る。

「十分です。ありがとう」

彼の言うとおりだ。

あの夜、メイは銀の弾丸に身を預けきっていた。

これさえあれば呪いは潰えると。

その判断の甘さが招いたのが今のこの状況だ。

最期まで見届けなければならなかったのに…

ふと気を抜くと後悔に呑み込まれそうになる。

(駄目だ、前に進まないと)

たとえもうすべてが遅いとしても。

「手負いの魔者が潜んでいそうな場所に心当たりはありますか」

気力を振り絞るように尋ねると、おやっさんはうーんと唸る。

「普通なら、人目につかない森なんかで体力の回復を待つなぁ。…ああそうだ、相手が特級ならひとつ怪しいところがある」

「怪しいところ?」

「『銀の森』だ」

おやっさんはゆっくりと語り始めた。


銀の森_____別名、魔者を殺す森。

この世界において、森とはかつて魔女などが多く隠れ棲んだその性質から魔力を溜め込む場所となりやすい。

その魔力にあてられて森の動物の多くは魔者へと姿を変えた…というのが昔の話。

しかし『銀の森』と呼ばれる王国の北方にあるその森は、魔力をまるで溜め込むことなく、さらには聖なる大気に変換してしまうという。

ここへ迷い込んだ魔者たちはみるみるうちに魔力を奪われ、なす術ないままやがて死に至る。

まるで森自体が魔者を打ち倒す聖なる『銀』の役割を果たしているようだ_____ということで、森はその名で呼ばれるようになったそうな。


しかしメイは首を傾げる。

「そんなに危険な森なら、手負いのあいつが近づくはずが…」

するとおやっさんはそこなんだよ、と指を鳴らす。

「特級が何で特級なんて呼ばれるか知らないだろう。銀の森は魔力を奪う、だが奴らはそれより速く、魔力を腹ン中から生み出しちまうんだ。だからこうも手に負えねえ……奴らにとっちゃ銀の森は、迷い込んだ魔者を狩りいらずでどんどん喰って力をつけられる天国みてえな土地ってわけさ」

なるほど、とメイは頷く。

まるで聞いたことのない話だった。

魔力を際限なく生み出すという彼らの性質も…不甲斐ないことに、いま初めて知ったのだった。

「その森は、どこにありますか」

「そう遠くないよ。こっから北に二日くらい歩いたあたりかねぇ。立ち寄ったのはもう随分と前だから、細けえことは忘れちまったが」

北方に二日、それはつまりウィザの村からもそう遠くないということだ。

オオカミは手負いのまま姿を消した_____

完璧にそこに潜んでいるとは言い切れないが、可能性はある。

どうせ帰路の途中だ、居なければそのままウィザへと向かえばいい。

「私、もう行きます」

メイはおもむろに立ち上がる。

ほかの狩人たちはすっかり酒が入っていて、少女の動きなど目に入っていない様子だった。

おやっさんだけが、眠たげだが奥底に鋭い光を宿した瞳でこちらを見ている。

「そうかい。…しかしもう暗い、この一晩くらいはここで越しても」

「大丈夫です。森は慣れているし、もう…時間が無いから。方角だけ教えてほしいのだけど…」

そうしてメイは胸元から色褪せた手書きの地図を取り出し、おやっさんに説明を乞う。


本当に良い人たちだった。

だからこそ長居するわけにはいかない。

この温もりに埋もれて、自らの宿命を忘れそうになる。

それは決してあってはならないことだ。


寒空の下、メイは歩き出した。

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