第6話 狩人

どれくらい歩いただろう。

行きのように豪華な馬車を使えるわけもなく、方角も何となくしかわからない。

メイは自分の非力さが改めて身に沁みる思いだった。

長い冬の近づく街は昼も夜も温度が低く、しかし元々少ない所持金では満足に上着を買うこともできない。

(仕事、見つけないと)

前に祖母と住んでいた村では、何か素材が取れそうな魔者の討伐などをやって日銭を稼いでいた。

この辺りでも同じような魔者は出るだろうか。

あまり強すぎては手に負えない。

メイは残念ながら、腕っ節に自信があるわけではなかった。

その戦闘力は対オオカミ特化のものだ。

人ごみを避けるように路地裏を進んでいく。

そして気づけば街を抜け、葉が鬱蒼と生い茂る木々の立ち並ぶ_____森の方へ来ていた。

(結局私は森に戻るのね)

ざあ、と風が頭上を吹き荒ぶ。

落ちてきた木の葉が薄汚れた少女のブラウスにしがみつく。

木々の天井のおかげで、辺りは暗く昼夜の感覚も失いそうだ。

しかしメイにはそれが心地良かった。

彼女の生活の大半は森とともにあったのだ。

どこまでも深く静かな森は、あらゆる恐怖から彼女を守ってくれるような気がした。

このまま森を進んで…また故郷へ辿り着けるだろうか。

それは現実的ではないだろう。

森に慣れているとはいえ、流石に未知の土地では方向を見失う。

今、一刻も早く使命を果たさなくてはならない身としては、ここで足踏みしている時間も惜しい。

どうすべきか、思いあぐねていたとき、茂みが揺れた。

魔者?

メイは咄嗟に構える。

「…おお、珍しいなぁ、こんな辺鄙な森にこんな若い嬢ちゃんがいるとは」

茂みから現れたのは浅い丸型の帽子に獣の毛皮のようなものを羽織った中年の男性。

背中には大きな猟銃を背負っている。

狩人だ。

メイは一歩後ろに下がる。

怪しまれたかもしれない。

もし身分を問われたら、目を逸らして必死に考えていると、男性は嗄れた笑い声をあげる。

「そう警戒しなさんな、わしは何もせんよ。わしの標的は魔者だけさね」

腰のあたりについた葉っぱを払って、彼は背中の銃を背負い直した。

「あなた…狩人ね。…英雄の、狩人?」

メイは慎重に問う。

彼女の聞いた言い伝えによれば、かつて主人たる赤ずきんを裏切ったオオカミを退治する狩人が出てくる。

その血が途絶えない限り、村の安全は保証する…遥か昔、赤ずきんと狩人はそんな契約を交わした。

しかしいつしか狩人の血は途絶え、それがまさにオオカミの復活したきっかけとなったという。

もし狩人が生きていたなら…

メイ自身何度願ったか分からない。

だがそうなれば、忌まわしき魔女たるメイは殺されてしまうのだろうか。

悶々とした考えを打ち破るように、男性は素っ頓狂な声を上げた。

「わしが英雄?はっはっは、面白い冗談だ!そうさね、そうだったらちったぁ、生きやすかったかもしれんなぁ」

「…そう、よね」

メイは目を伏せた。

あるはずがない。ましてやこんなウィザから遠く離れた土地で。

「英雄ならよかったかい?」

狩人は優しく微笑む。

メイは答えなかった。

何が最善か、今となっては何も分からない。

「…英雄じゃぁないが、嬢ちゃんが倒してほしいのが魔者だったら、力になれることがあるかもしれんよ」

慰めのような声かけにメイは弱々しく首を振る。

「無理よ。あいつは他の誰にも倒せない。倒しても倒してもまた闇の中から湧いてくる…それが呪いだから」

狩人はそうか、と呟いた。

「きっとあんたは、おれなんかにゃ想像できないような重いモン背負ってんだろうな」

しばらく沈黙が続いた。

風が冷たくなってきた。

夜が近いのかもしれない。

そういえば、いつから睡眠を取っていなかっただろう…

ふらつきそうになるのを片足で踏ん張りながらメイは考える。

そんな少女の様子を察したのか、狩人はゆっくりと言葉を紡いだ。

「宿に困ってンなら、おれらの寝床に来るかい。…ああおかしなこたぁしないさ。他の仲間もいるがきつく言っておくよ。一晩暖を取るだけでも、どうだね」

メイは少し考える。

どうせここで拒んだところで道もわからない、体力が尽きて行き倒れがオチだ。

もし彼が悪いやつで、突然襲われたとしたら?_____懐には銃がある。

抵抗できるかは怪しいが、一瞬の隙を突くことくらいはできるだろう。

命さえ失わなければいいのだ。

使命を果たすその時まで。

少女はやがてこくりと頷いて、男の丸まった背中についていった。

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