第4話 旅路にて Ⅰ

「しかし倒せなかった、と。無念だったろうね」

『英雄協会』本部への道すがら、アシュレイと赤毛の青年____マーカスは半ば事情聴取のような形でメイの話を聞いていた。


彼らの説明によれば、英雄協会とは英雄の子孫によって構成される組合のようなもので、主に人ならざる魔の者によってもたらされた被害を修復したり、あるいはもたらされる前に魔者を討伐したりする活動をしているらしかった。

魔者も段階が分けられており、おとぎ話に出てくるような強大な魔物の血筋の者は『特級』として警戒され、選抜部隊による討伐対象とされる。

『オオカミ』も当然警戒されてはいたが、村の閉鎖性は強く、協会が派遣した調査員をひとりたりとも通すことはなかったという。

「魔女の首を差し出せばオオカミの怒りは収まる。しかし余計なことをすれば村もろとも滅びる」……それが村人たちの言い分だった。

魔女というのが赤ずきんを指す言葉であると知ったとき、協会は酷く困惑した。

彼らの物語は、協会で認識していた赤ずきんの英雄伝とはまるで異なるものだった。

ウィザの村は赤ずきんを狩人と共に悪しきオオカミを打ち倒した功労者として認めるどころか、呪いの子として秘匿すらしていたのである。

その事実は衝撃的で、だからこそ今回(オオカミこそ取り逃したものの)伝説の一部である赤ずきんを安全な形で保護できたのは大きな収穫だった。


「無念じゃない。絶対に殺すもの。私の手で」

メイは拳を握りしめる。

「レディ、殺すなんて物騒な言葉を使ってはいけない。我々は英雄として打ち倒すんだ、悪しき魔者をね」

アシュレイ、もといアッシュは静かに諭すが、少女にはぴんと来ないようだった。

「英雄でも魔者でも、殺し屋であることに変わりはないわ。あと私は英雄じゃない…ただ、運命に復讐をしたいだけ」

聞いていたマーカスはヒュウ、と口笛を吹いた。

「いいね、拗らせてるぅ」

「マーカス」

アッシュは間髪入れずにたしなめた。

「悪いな。こいつは口が悪いんだ。英雄ではないが、魔者に家族を奪われた復讐をしたいというので側に置いている。その一点では私より彼とのほうが話が合うかもしれないな」

メイは彼の方に目を向ける。

ニッ、と彼は笑った。

「どーも。仲良くしやしょうね、赤ずきんサン」

どうにも胡散臭い笑みだ。

メイは昔からこういう人間が苦手だった。


本部への道のりは長い。

メイの故郷ウィザの村を抜けてそのまま南下し、運良く馬車を借りられても四日程度はかかる。

しかしそこは英雄協会、白い立派な馬車をこしらえていた。

さらにその道中は出来るだけ大きく発展した街を通るようにアッシュが取り計らってくれた。

発展した開放的な町であるほど、古き因習や赤ずきんに纏わる不穏な噂は相手にされなくなっていく。

「どうだ、世界は広いだろう、赤ずきん!」

しかし時折こうやって、うっかりアッシュが大声で正体を喋ってしまうので、その度にメイは肝が冷える思いをした。

そして何より______こうしている間にも、村の周辺にはオオカミによる被害が広がっているのではないかという不安が付き纏っていた。

しかしそれはマーカスが否定した。

「オオカミはまだ息のあるアンタを置いて逃げた。弾は当たらなかったにせよ、身の危険を感じたってことだろ。その後すぐオレたちも来たし…そんな慎重な奴が短期間でノコノコ戻ってくるとは思えないね」

なるほど、と不本意ながらメイは頷いた。

「大丈夫だよ赤…メイ。本部には挨拶のために行くだけだ。紹介だけしたらすぐにまた職務へ戻る。頼もしい軍勢を率いてね。オオカミの一匹や二匹、あっという間に討伐してみせるさ」

軍勢、身近では初めて聞いたような大層な単語にメイの身体は強張る。

(私の勝手にこの人たちを…英雄を巻き込むの?)

何かもやもやとした感情が心に渦巻くのを感じながら、今はただ歩みを進めるしかなかった。

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