第3話 追想〜赤ずきん〜
母が死んでからというもの鬱屈とした生活を送ってきたメイだったが、幸せがまったくないわけではなかった。
何より、気は弱いが優しい祖母のもとで過ごす日常に不満は無かった。
「お前は私より先に行かないでおくれよ。あの子のようになったらと考えると」
祖母は毎日のように憂いの言葉を繰り返した。
そしてそれを聞くたび、彼女はますます使命を果たす決意を強めるのだった。
彼女の母は強い女性だった。
曽祖母は村人から迫害を受けるのを嫌って、故郷のウィザの村を離れた。
しかし母の代になって、ウィザでオオカミが出たとの噂がまことしやかに囁かれるようになると、母はひとり家を出てウィザの村_____もといその隣の森の小屋に居付くようになった。
父親のわからない、小さな娘を連れて。
「オオカミを殺す。それがあたしたちの使命であり、唯一できる償いなんだ」
彼女は口癖のように言っていた。
正義感に満ち溢れた女性だった。
「あたしがそれを成し遂げられなくても…メイ、あんたならきっと大丈夫。何かあったらこの頭巾が守ってくれるからね」
幼いメイにはその意味があまりよく分からなかった。
母はウィザに来てからというもの、村人たちに恐れられ、石を投げられ、何か悪いことがあればその責を押しつけられた。
それなのに『使命』などという曖昧な理由から彼らを、村を守ろうとする。
「オオカミと仲良くなったらいいんだよ。そして、わるい人たちを食べてもらえば」
ある日母がぼろぼろになって帰ってきたとき、思わずメイが呟くと、彼女は今まで見たことがないほど悲しげな瞳を向けた。
「メイ。母さんを庇ってくれるのは嬉しい。だけどね、それは一番言っちゃいけないことだよ」
後から知った村の言い伝えによって、メイはその意味を知ることとなる。
『赤ずきんは手下のオオカミを使って村を襲わせようとした』
言い伝え、その真偽は今となっては分からない。
だからこそ、現実のものとしてはいけないのだ。
絶対に。
母は来る日も来る日も銃を片手に狩りに出た。
特に月の輝く夜は、いつもより帰りが遅かった。
村人に見つかって、酷い怪我をして帰ってくることもあった。
メイは布団に包まりながら、長い夜が過ぎ去るのをひたすら待っていたのだった。
誰も悪くはない。
悪いのは村に蔓延る因習だ。
その日、悲劇は起こった。
「お前は早くおばあちゃんのところへお行き。ほら…おみやげに、アップルパイも忘れずにね」
「でも、おかあさんは」
「大丈夫。母さんは強いから」
完全に満ちた月が南の空に浮かび上がる。
周囲には禍々しい気配が満ちていた。
それは幼い少女にもはっきりと分かるほどに。
そして、オオカミの遠吠えが聞こえた。
人々の叫び声が聞こえる。
とうとう村に繰り出したのだ。
悪しき呪いの化身!
メイは逃げた。
己の弱さを呪いながら。
遠くでおばあちゃんが呼んでいる。
それに重なって__________聞き慣れた声の、悲鳴。
(誰か、誰か助けて。おかあさんを、助けて…)
先代の赤ずきんは死んだ。
オオカミと相討ちになったそうだ。
「結託して村を滅ぼそうとしたが、仲間割れしたってとこだろう。自業自得さね」
ウィザから来た誰かが鼻で笑いながら言っていた。
メイにはそれが許せなかった。
さらに絶望的だったのは_____
オオカミの仲間が生き残っているらしいということだ。
時々噂に聞こえてくる。
ウィザの村だけではない、月の出る晩にはこの辺り一帯の様々な土地で目撃されていた。
欲深くも他の土地の人間にまで手を出そうとしているのか。
母の犠牲は一体何だったのか…
日々、無力感だけが募る。
「メイ…お前は、どうか、お前だけは」
「分かってるよ、おばあちゃん。大丈夫…私は私がするべきことをするだけ」
必ず呪いを終わらせる。
メイはその日、改めて決意した。
もう誰も苦しまなくて済むように。
しかし悲劇は再び起こってしまった。
メイたちが赤ずきんであることを知ったウィザの村の者が、殺し屋を雇ったのだ。
呪いを根元から断つために。
ちょうどメイが仕事のために外に出ているときだった。
帰ってきたとき、祖母は__________
母の死を反芻しながら、しかし気の優しい祖母との生活に幸せがまったくないわけではなかった。
なかったのに。
(私のせいだ)
メイは息つく間もなくウィザの村へと向かった。
早く、早く終わらせなくては。
壊れてしまう。
いや…何もかもとっくに壊れていた。
自分が壊してしまったのかもしれない。
手元にはふたつの銀の弾丸がある。
必死に働いて貯めた金で買ったものだ。
これさえあれば、すべてが終わる。
すべてから解放される。
犯した罪、消えない呪い、付き纏う影_____
最後の願いを、力いっぱい握り締めた。
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