ギフトカード
もういい,と突き放したように正弥は言って奥へと進んでいった。
何をするつもりだ,という達也の声を無視して手当たり次第に引き出しを開けて中身を漁る。
「金目のものなんて特になかったぞ」
「何言ってるんだ。お前に任せているとろくなことがないから,終止符を打つんだ」
正弥はどこで見つけたのか,新しい便せんを持ってきた。
「今度はおれが書く。要するに,この性欲ウサギちゃんの悩みは答えが出ていて,お腹の子を育てるために頑張ろうとしているんだろ? なおさらおれたちにしてやれることは何もないんだ。つまらない正義感をさらして何にもならない。おれが丸く収めて,事を荒立てないようにしてやる」
そんなにうまくいくかなあ,と達也は不安げだが,正弥には自信があった。返事はいらない。これから頑張れ,応援している,それで終わりだ。
字のへたくそな人は例外なくみるに堪えないペンの持ち方をする。もちろん正弥もその例に漏れることなくお手本のような汚い持ち方でペンを走らせた。
「恋するウサギちゃん,こんばんわ。あなたの中で思いが固まったようでよかったです。確かに,あなたの言う通り,世の中愛情だけでは何もうまくいきません。私も,親の愛情を受けることなく成長してきました。それはそれで仕方のないことだと思います。人にはいろいろあるのですから。ただ,親の愛情があれば私は幸せになれたとは到底思えません。私の中に足りないものは愛だけではないのです。私に足りないものは,あなたのおっしゃるように,お金です。お金さえあればある程度のものは手に入ります。少々嫌な思いをさせられようが,何かしらで埋め合わせが出来ます。しかし,お金はそう簡単に増やすことはできません。人が一生で稼げるお金はある程度決まっているのです。公務員には公務員の生涯年収,医者には医者の生涯年収,高卒には高卒の稼げるお金というのはある程度の幅で決まっているのです。
どうか,あなたの子どもが幸せになることを祈ります。返事は結構です。お幸せに」
ふっと一息をついてペンを置いた。荒々しい手つきで封筒の中に便せんを入れる。
「思ったことを書いたんだろ? なにをそんなにいらいらしているんだよ」
「うるせえ。お前のせいだ」
正弥は勢いよく立ち上がると入口へと向かっていった。
外はまだずいぶんと暗く,夜明けまではまだまだかかりそうだ。
明かりもなく明瞭には見えない郵便受けも汚れてみすぼらしいのがはっきりと分かる。そこに投げるようにして封筒を投げ入れると,辺りに人がいないことを確認して引き返した。
ポケットに手を突っ込んで中に入っているの物を取り出す。コンビニで盗んだギフトカードだ。ざっと計算してみても10万円はくだらない。こんなペラペラなカードにそれだけの価値があるとは。しかも,種類によってそのカードの価値は違って値段はピンキリだ。見た目は変わらないのに。まるで人間みたいだ。外見だけではどれくらいの値打ちがあるのか分からないが,一枚一枚には明確な線引きと価値の違いがある。自分たちのように見ただけで出来損ないの価値が見いだされない人間はギフトカードで言う粗悪品だろうか。価値も効果もない。
盗んだギフトカードは,実際にはバーコードを通さないと使い物にはならないのだがそんなことはコンビニでアルバイトをしている友人にお願いすればそんなことはどうにでもなる。
何でも買えるね,と言っていた達也に想いを馳せながら,月にギフトカードをかざして眺めていた。
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