レスポンス

「正弥,大変なことになっている」

 かろうじて声を潜ませてはいるが,明らかに興奮している声に嫌な予感がした。入口から忍び足で戻ってきた達也は戻って来るなり息を整える間もなく興奮した様子で続けた。


「手紙を入れてきたんだ。ついさっき。少しその場を離れてしょんべんをしに遠くに離れただけだ。戻ってきて,ちょっと気になって箱の中を覗いてみたら,何もないんだ。今,近くに誰かがいるのかもしれない」


 は,と言って達也の顔を見た。額には汗が浮いている。かなり焦っているようだ。


「だから余計なことをするなと言ったんだ。それに,こんな時間に人がうろついているはずがないだろ。関係者なら,様子を見に入って来るか警察を呼んでおれたちはゲームオーバーだろうな。全部お前のせいだ。ただの万引きで警察の厄介になるなんて情けない。・・・・・・まあ,どうせお前のことだから手紙を見落としているんだ。おれが見てくるから,お前はこここにいろ」


 達也は慌てて我を失っている。情けない。どうせ自分で淹れた手紙を見落としているだけだろう。仮に落としていたとしても,途中で見つけることが出来るはずだ。もともと真に受けてはいないが,念のため表へ出て確認することにした。

 懐中電灯を照らして,辺りを伺った。人の気配はない。道は一本だ。誰かが歩いた形跡も感じられない。ここにいるのはおそらく自分たち二人だけだろう。

 郵便受けを開けて見た。キキッと高い音をたてるさび付いた箱の中を見ると,確かに中身は空っぽだ。

 どこでしょんべんしたんだよ,とつぶやいて周りを照らしてみる。特に落し物は見当たらない。余計なことをしやがって。朝が来るのを黙って待てないのか,とため息交じりに歩き回ったが,無いものはしょうがない。中へ戻ることにした。

 部屋へ戻って,「確かに手紙はなかった。でも,名前も書いてないんだから筆跡鑑定をしてお前のものと一致しない限り大丈夫だろう」と達也に声をかけたが,返事がない。おい,聞いているのか,と言って達也の方へ詰め寄ると,茫然とした顔をしている。手には封筒を手にしている。


「さっき,落ちてきた」


 白い封筒の表書きには,「天使の部屋へ」と書かれてある。


「さっそくのご返事ありがとうございました。あなたの言う通り,私は親に顔向けできないことをしてしまっています。そして,同じような境遇にあることを驚くと同時に,その立場からの思いを聞かせてくださったことを嬉しく思います。

 しかしながら,返事を返すのが遅くなって申し訳ございません。義理もないものと思われそうですが,私は感謝のお返事を書こうと思っていたのです。しかし,そうこうしているうちに時間だけが過ぎて行きました。

 好きなら子供でも作って育てろ,そして生まれてくる罪のない子を一緒になって愛情深く育てろ,という言葉を見て,初めは何を無責任なことを言っているのだろうと思っていました。始めは真に受けていませんでしたが,事実,私は彼と愛し合っているうちに新たな命を身に宿したようです。

 私は,この子を産んで育てようという決意が固まりつつあります。あなたのおっしゃる通り,生まれてくる子に罪はないのです。今の私には経済力はありません。大切なのはお金ではない,という綺麗ごともドラマの世界では通用するかもしれませんが,現実はそう甘くありません。それは,裕福ではない私の生い立ちが証明しています。私は親に愛情を溢れるほど与えられて生きてきたわけではありません。むしろ,水を求める砂漠の生き物のように愛に飢えていたと思います。しかし,親の愛があったら幸せだったかというとそうとは思いません。やはり,幸せにはお金はつきものなのです。

 これから,お腹の子を幸せにするために,水商売でも何でもやって見せます。この度は背中を押していただきありがとうございます。 恋するウサギ より」



 読み終わった手紙をテーブルの上に投げて,達也を睨みつける。そして,座布団の下やテーブルの下,ありとあらゆるものをひっくり返して熱心に何かを探し始めた。盗聴器かビデオカメラでも仕込んでいるはずだ,と思ったのだ。

 しばらく漁って,何も物が見つからないことに観念し,再び達也を睨みつける。


「お前,何て書いたんだ?」

「悩んでただろ。だから,おれが思ったことを書いたんだ」

「だからなんて書いたんだ!」


 イライラが募って声を荒げてしまった。感情的になっても仕方がない。ただ,これ以上自体がこじれることは避けたい。返事を返すのはもちろんありえないが,どんな返事を書いたのかという中身は想像できるものの,そこに自分たちが特定される内容が入り込んでないのかが心配だった。

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