恋するウサギちゃん
一瞬にして全身の血が騒いだ。誰かが上から封筒を落としたのだろうか。それも意図的に。例え人が住んでいたとしても,こんな時間に封筒が届くはずない。つまり,ここにいる二人に気付いて何者かが知らせてきたということになる。
正弥は深呼吸して上の様子を伺った。不気味なほどに動きも気配もなく,ただ暗闇が奥へとつながっているばかりだった。
少しほっとして,封筒を拾い上げた。表には何も書かれていない。裏返すと,癖のある文字で「天使の部屋」と書いてあった。
それを持って達也に見せた。達也は眠そうな顔のまま特に気にしていない様子だ。
「何だ。封筒か? 気にするなよ。もともとは人が住んでいたんだろうから,手紙の一つや二つが届いてもおかしくないだろ」
「いや,今落ちてきたんだ。部屋に入ってきた時にはなかった。それにこの耳で落ちてきた音も聞いたんだから間違いない。ほら,封筒も新しいものだ。前から落ちていたのなら他の冷蔵庫やこの床のように埃だらけになっているはずだ」
「管理人か? それとも・・・・・・警察?」
「いや,それは違うと思う。管理人なんて近くにいるはずもないし,警察ならこんな回りくどいことはしない」
それもそうか,と達也は眠たいような不安そうな顔をしている。
正弥は改めて封筒を見た。中身は便せんが何枚も入っているような厚さだ。この中には何が記されているのだろう。見るのは危険なような気もしたが,見ずにはいられない。投入者は何を考えていたのだろう。
意を決してその封をされたところに指をあてた。
『初めまして。ペンネームは“恋するウサギ”です。もちろん本名ではありません。本名は明かしませんが,私の悩んでいることを聞いていただけると嬉しいです。そして,よろしければ解決策を示していただきたく思っています。
私が悩んでいる内容というのは,ペンネームにある通りで恋のことであります。私には,今好きな人がいます。その人は,もう社会人として働いています。私は昔からすごいモテるという訳ではなく,見た目も普通な方だと思っています。そんな私が,彼から結婚を前提として付き合ってほしいと言われました。ここで特に大事なのが,私たちが正式にお付き合いをしていないこと,そして彼から言われいているのが,ただ付き合ってほしいではなくて,それが結婚を意識したものであることです。それは,彼が本気で私のことを考えてくれていることと,彼が真剣な思いであることが証明されると思います。
ここまで文章を書いて,伝え忘れていたことを気付きました。私は高校一年生です。まだ結婚がどうとかそういうことは分かりません。ただ,純粋に恋愛をしたいとは思います。今声をかけられている彼のことも好きです。
私の両親は先生をしています。絶対に許してくれないと思います。どうしたら良いでしょうか。
あと,同棲してほしいと言われています。どうしたら良いでしょうか』
手紙を読み終え,二人で顔を見合わせた。
何なんだよこれは,と最初に声を発したのは達也だった。なんでこんな手紙を投げ込んでくるんだ,と続けていった。貧乏ゆすりの激しさから目に見えない不安に駆られていることが伺える。
「悩みがあるから手紙に相談を書いたんだよ」
今朝から剃っていないあごひげを指でつまみながら正弥は答える。正直、手紙の内容なんてどうだっていい。天井にある穴は地上からは確認できなかったし,自分たちがここに身を隠しているから注意喚起として落としたものでもない。何かの拍子にかつて書いた悩み相談の手紙が今このタイミングで落ちてきたか,突発的な出来事が起きたとしか考えられない。そんなことの原因を考えることにエネルギーを割くよりかは,これからのために体力を回復させることの方がよっぽど大事だ。もう気にせず横になって休もう,と声をかけようとすると,達也は嬉しそうに手紙を持って何か余計なことに首を突っ込もうとしている。
「それにしてもさ,こいつの文章はあほ丸出しだよな。義務教育受けてんのかよ」
「それはお前が言えることじゃないだろ」
これまで何度も繰り返してきた言葉を返す。
「まあ,悩んでいるんだからさ。返事を返してやろうぜ」
「返事を返すって,天井から落ちてきたんだろ? どこへ返すんだよ。まさか,天井に投げ返すつもりか? こんな自分の中で答えが決まっているかのような文章に」
「正弥はほんとばかだなあ。入口に郵便受けがあっただろ。あそこに入れておけば悩みの主がとりに来るんだよ」
ほんと脳みそからっぽなやつだ,と頭の中が空洞になっている達也が腰を上げて表へと向かった。相手にしていられない。正弥は床にあおむけになった。
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