やだやだマン

「朝だよー!起きてー!」

「・・・・やだ~・・・・」

「遅刻しちゃうよ、起きて!」

「やだ~・・・・」

「じゃあもうずっと寝てなさいっ!」

「やだ!」

子供との会話ではない。

彼氏との会話である。

しかも、毎朝。

「ねぇ、もう着替えないと。」

「やだ。」

「早く着替えてったら!」

「やだ。」

「もぅっ!じゃあ、パジャマで出勤しなさいっ!」

「やだ!」

会話だけ見れば、まるで子供との会話だが、私の彼氏が子供である訳ではない。

彼は立派な成人男子である。

「もうっ!いっつもいっつもっ!」

私がカリカリしていると、

「ふふっ。怒った顔も、可愛い。」

と言って、突然キスをしてきたりする。

「そんなに可愛いと、食べちゃうぞ?」

と言って、突然襲われたりもする。

・・・・まごうことなく、立派な成人男子だ。


ある時、本当に理解ができず、彼に聞いたことがある。

「ねぇ、聞いてもいい?」

「やだ。」

「なんでいっつも、『やだ』って言うの?」

すると、彼は非常に驚いた様子で、目を丸くして私をマジマジと見たのだ。

「知らないの?!」

「うん。」

「俺が『やだ』って言う時のマキちゃんの顔、メチャクチャ可愛いんだよ。」

「へっ?」

予想外の回答に、おかしな声を発してしまった。

「あの顔が見たくて、つい言っちゃうんだよねー。」

何の悪気も無い顔で、彼はそう言って笑った。

私は、そんな彼に、何も言い返すことができなかったのだ。

・・・・もしかして、この時私は、彼女として対応を誤ったのだろうか。

だが、ふと気づいた。

考えてみれば、彼は顔の見えない状況、つまり、電話であるとか、別の部屋にいる時であるとか、そういった場合には確かに、『やだ』と言うことは無いように思う。

それであれば、少しくらいの『やだ』には、彼女として対応すべきであるのか・・・・

だが、いつもしてやられてばかりでは、悔しい気もする。

どうにかして、一泡吹かすことはできないものか。

私はチャンスを窺うことにした。


「お風呂わいたよ。入って。」

「やだ。」

目に笑いを浮かべながら、いつものように彼が言う。

「一緒に入る?」

「やだ。・・・・えっ?!」

一瞬で、彼の余裕が吹き飛んだように見えた。

「そっか。それは、残念。」

「いやっ、やじゃないっ!ずるいぞ、マキちゃんっ!」

あっさり引き下がる私を、彼は慌てて引き留める。

してやったり。

私は心の中で、小さくガッツポーズを繰り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る