過保護

同棲している彼は、フリーランスの仕事をしている。

仕事場は専ら、家。

そんな彼は、家事のほとんどを引き受けてくれていて。

「あっ!ミキちゃん、ハンカチ持った?」

おまけに、びっくりするくらいに、過保護だ。

「うん、持った。・・・・あれっ、無い!」

「はい、テーブルの上に置きっぱなし。あ、襟立ってる。」

ハンカチを私の鞄に入れ、そのまま私の前に来て、ジャケットの襟を直してくれて。

「お弁当、鞄に入れといたよ。」

「ありがと、マサヒロ。じゃ、行ってくるね。」

玄関のドアを開ける私に、

「ミキちゃん、靴!」

マサヒロが慌てた様子でシューズラックに駆け寄る。

(ん?・・・・あっ。)

また、やってしまった。

右と左で、パンプスの色が違う。

「どっちの色?」

「ベージュ。」

「はい、どうぞ。」

手に持ったパンプスの、ベージュの方を私の目の前に置き、

「ありがと。」

脱いだ、グレーのパンプスを回収。

「行ってらっしゃい、ミキちゃん。」

「うん、行ってきます。」

マサヒロは、私が廊下の角を曲がるまで、私を見送ってくれる。

彼曰く、心配なんだとか。

こんな短いマンションの廊下で、いったい何が起こると言うのか。

と思ったとたん。

「いっ・・・・」

右足首が、グニャリと曲がった。

「ミキちゃんっ?!」

駆け寄ってくる気配に、とっさに振り返って、マサヒロに笑顔を見せる。

「大丈夫!全然、大丈夫だから!」

そして、そこから走って廊下の角を曲がった。


付き合い始めた頃から、マサヒロは世話焼きだった。

同棲し始めた頃は、それでも今ほど過保護では無かったとは思うのだけども。

今では、まるで親のようだ。

いや、実の親より過保護だ、絶対。

そして、情けないことながら、比例するようにして、私のボケ度が増しているような気がする。

もちろん、職場では、別だけど。

(マサヒロが、甘やかしすぎるんだよね、私を。)

つつがなく仕事を終えた帰り道。

スマホでマサヒロに【最寄り駅に着いたよ】連絡をしながら、そんなことを思ってしまう。

彼曰く、連絡が無いとやはり心配なんだとか。それに加えて、お風呂の準備をするためなんじゃないかと、私は睨んでいる。

(何でこうなっちゃったんだろ。)

取れかけたジャケットのボタンに、溜め息が出てしまう。

(きっとこれも、マサヒロが直してくれるんだろうな。)

そう思いながら、玄関のドアを開けると。

「ただいま。」

「おかえり、ミキちゃん!今、ちょうどお風呂沸いたとこだよ。」

笑顔のマサヒロが、私を出迎えてくれた。


「ねぇ。」

「ん?」

カーペットの上に座り、私のジャケットのボタンをつけ直しているマサヒロが、手を止めて私を見る。

「マサヒロはさぁ、何でそんなに私を甘やかしてくれるの?」

ソファーで寛ぎながら、私はなんとなく、マサヒロに聞いてみた。

「別に、甘やかしてるつもりは無いよ。」

突然何を言い出すの?とでもいうような顔で、マサヒロはボタンのつけ直し作業を再開する。

「でも、色々してくれるじゃん?今だって、私のジャケット・・・・」

「よし、できた。」

ジャケットを手に立ち上がり、ハンガーにかけて、ブラシをかける。

ごく自然に一連の作業を終えると、マサヒロは私の隣に腰を下ろした。

「ミキちゃんはさぁ、僕がいないとこでは、いつでも気を張って、しっかりしてるでしょ。」

「うん・・・・そうだねぇ。」

「だから、僕の前では、しっかりしないで、リラックスして欲しいんだよね。」

なにそれ。

そう言おうとしたけど、マサヒロの顔は、いたって真剣だ。

なので、言葉を変えた。

「なんで?」

「それは・・・・」

急に顔を赤くして、マサヒロが口ごもる。

(えっ・・・・?)

予想外の反応に驚く私に、マサヒロは照れ笑いを浮かべて言った。

「だって、ボケボケな可愛いミキちゃんは、僕の前でだけにして欲しいから。」

キュンッ。

と。

私の胸が、マサヒロに聞こえるくらいの大きな音を立てた。

そんな気がした。

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