年下の男の子
(何でこうなるかなぁ。)
私の前には大きな花束と、テーブルを挟んだ向かい側で体を小さくして座っている、後輩男子。
「ちょっと待っててね、お花、活けてくるから。」
花束と花瓶を持って、キッチンへ。
彼と出会ったのは、中学時代。吹奏楽部だった。
当時私は部長を任されていて、担当楽器は、クラリネット。
本来なら、新入部員の指導は2年生の担当だけど、その年のクラの新入生は2年より人数が多く、例外的に、私が彼の指導にあたった。
中学卒業の日。
何か言いたそうな顔をしながらも、彼が言ったのは、
「先輩、ありがとうございました! 」
だけ。
目の前で深々と頭を下げる、まだ私より背の低い男の子のことは、しばらくの間私の記憶に残り続けた。
そして、記憶から消える前に、彼はまた現れた。
高校の、後輩として。
高校ではずっと帰宅部だった私が、彼と接する機会はほとんど無かった。
ただ、彼が吹奏楽部に入って、クラを続けていたことは、知っていた。
知った時には、なんだかすごく嬉しかったのを覚えている。
そんな、ほとんど接触が無かった私の高校卒業の日。
いつの間にか、私より少しだけ背が高くなっていた彼は、やはり何か言いたそうな顔をして、でも、
「先輩、ご卒業おめでとうございます!」
と言っただけ。
「クラ、続けてくれてたんだね。これからも、頑張ってね。」
彼は顔を赤くして、頷いた。
そしてまた2年後。
彼は現れた。
大学の、後輩として。
そんな気がしていたからか、私はあまり驚かなかった。
彼はまだクラを続けていてくれたようで、たまにサークルの旅行の宴会で披露してくれて。
聴くたびに、じんわりとした嬉しさを感じていた。
私の大学卒業時の彼の言葉は、
「先輩、ご就職おめでとうございます!」
だ。
わたしは「キミとはまた、会えそうな気がする。」
と言った。
そして2年後。
やはり、彼は現れた。
会社の、後輩として。
会社に入ってしまえば、『卒業』は無い。
彼との関係も、何か起こらなければ、起こさなければ、きっと『先輩と後輩』のまま。
「ね、今度のお休み、映画行かない?」
と誘ってみたのが、今日だったのだけど。
「このお花持って、映画観に行くつもりだった?」
花瓶に活けたお花をテーブルの上に置きながら、彼に聞いてみる。
「・・・・すいません。俺、嬉しくて、何かプレゼントしたいって思ったんですけど、花しか思いつかなくて。」
待ち合わせ場所に現れた彼を見て、私は仰天した。
驚いた、ではなく、仰天!
彼が大きな花束を抱えて、走ってきたのだから。
さすがに映画はやめて、ここ、私の家へ。
でも本当は、すごく嬉しかった。
こんな大きな花束も。
彼の気持ちも。
「ねぇ、彼女いるの?」
つい、聞いてしまっていた。
彼は驚いたように目を丸くし、思い切り首を振る。
「いません!」
「じゃあ私、立候補しちゃおうかな?」
数秒間固まったあと、彼は勢いよく立ち上がった。
「先輩にそんなことさせられません!俺が立候補します!」
そう言って深々と頭を下げ、右手を差し出す。
「俺の彼女になってください!」
私も立ち上がって、彼の手を両手で包んだ。
「はい。」
恐る恐る、といった感じでゆっくりと頭をあげた彼は、今にも泣き出しそうな、信じられない、とでも言いたそうな顔。
でも私はなんとなく、彼とはこうなるような気がしていた。
(年上の、オトナの男の人が理想だったはずなんだけど。)
「やった!先輩、ありがとうございます!」
両手を彼に強く引かれ、気づけば彼の腕の中。
「また、クラリネット、聴かせてね。」
「・・・・はい。」
意外に逞しい胸に、彼の『男』を感じて、ドキドキしてしまう。
そして、思った。
(年下の彼も、いいかも。)
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