私にだけ

彼は、幼なじみ。

私とは違って、昔から社交的で、彼の周りにはいつもたくさんの人がいる。

今では、私設ファンクラブなるものまで存在している。

今日も、彼の周りにはたくさんの人。

「・・・・だよね、ケイタ。」

「ああ、そうだな。」

みんな、楽しそう。

でも。

「ねー、ケイちゃん。」

誰かがそう呼んだ瞬間。

「それ、やめてくれる?」

笑顔のままで、でもはっきりと彼は言った。

「その呼び方は、ダメ。」

いついかなる時でも、相手が誰であっても、いつも、そう。

「えー、たまにはいいじゃん!」

いつものように、私設ファンクラブ筆頭のアサヤさんが、不満そうに言っても。

「絶対、ダメ。だから、やめて。」

そう言って、にっこり笑う。多分、目は笑ってないはず。

離れたところで本を読んでいる私には見えないけれど、見なくてもわかる。


暫くして彼を中心とした集団は教室を出ていった。

一気に静かになった教室でホッとしたとたん。

勢いよく、教室のドアが開いた。

そこにいたのは、彼。

先ほどまでの笑顔はどこへやら。

不機嫌なのかとも思えるような顔でチラリと私を見てから、クイッと顔で外を示す。

(ああ、今日は水曜日か。)

本を閉じて立ち上がり、鞄を持った時には、既に彼の姿は無かった。


学校からも自宅からも少し離れた、図書館。

水曜日の放課後はいつも、彼と2人で、ここで過ごしている。

この場所を選んだのは、彼。理由は、わからない。

一緒に宿題をしたり。予習復習をしたり。

他愛もない、お喋りをしたり。

彼がどう思っているのかはわからないけれど、私には大切な時間。

今日も、大切な時間が始まる。

急ぎ足で、いつもの席へ向かいかけた時。

「見ぃつけた!」

聞いたことのある声が聞こえて、私は慌てて書棚の陰に隠れた。

「あれ?アサヤ、どうしたの?」

「へへっ、ケイタのあと、付けてきた。」

ドサッと音がした。おそらく、アサヤさんが、椅子に座った音。

「いっつも、水曜日にどっか行っちゃうでしょ?だから、どこ行ってるのかなーって思って。」

少しの間、沈黙が続いた。

どうしたんだろう?

心配になり始めた頃。

彼が、私を呼んだ。

「いるんだろ、ショウコ。来いよ。」

(・・・・このタイミングで、呼ぶ?!)

「えっ!なんでっ?!どーゆーこと?!」

驚きまくりのアサヤさんの視線を浴びながら、私は仕方なく書棚の陰から出た。

「そーゆーこと。」

アサヤさんに構うことなく私を手招き、私を右隣の席に座らせると、彼は言った。

「だから、邪魔しないでくれるかな?」

「・・・・え~、そんなぁ、ケイちゃん・・・・」

あからさまに、アサヤさんはガックリと肩を落とす。

そんなアサヤさんにも、彼は容赦が無かった。

「だからそれ、やめて。」

「えっ?」

「それ、ショウコだけの呼び方だから。」

一瞬ポカンとした顔をした後、アサヤさんは笑いだした。

「はいはい、そうですか。それはごちそうさま。」

じゃ、邪魔者は退散しまーす!と席を立ったアサヤさんに、彼が声をかける。

「お願いがあるんだ。」

「わかってる、誰にも言わないよ。」

皆まで言うな、とでもいうように背中越しに応えるアサヤさんに、彼はさらに告げる。

「それもなんだけど。」

「・・・・え?」

怪訝そうに振り返ったアサヤさん。

彼は、そのアサヤさんに、とびきりの笑顔を見せた。

「ショウコのこと、守ってやってくれないかな。女子のことは、アサヤにしか頼めないから。」

ポーッと頬を染めながら、アサヤさんは力強く頷いた。

「うん、任せて!」


アサヤさんが帰るなり、彼は一瞬で笑顔を消す。

「あ~・・・・疲れた。」

そして、利き手と逆の右手で私の手を握り、机に突っ伏した。

「10分だけ、寝かせて。」

「うん、わかった。おやすみ、ケイちゃん。」

目をつぶったまま、彼は口元だけで小さく笑った。


彼の寝顔を見ながら、私はなぜケイちゃんがこの場所を選んだのかが分かった気がした。

彼は、守ってくれていたのだ、私を。

女子たちの嫉妬から。

この場所まで別々に来ていたのも、学校では私にだけ素っ気ないのも、きっと同じ理由。

(・・・・分かりづらいよ、ケイちゃんの優しさ。でも・・・・)

私の前では、私にだけは、いつも素のままの顔を見せてくれる彼。

その寝顔に、私は小さな声で、言った。

「ありがと、ケイちゃん。大好きだよ。」

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