10
翌日、何事も無かったかのように彼らは私に接してきた。言動の端々に気を使う点が見られたため、私はその気遣いに感謝しながらも、少しの罪悪感を感じていた。
しかし、それどころでは無かった。前までは、普通を知れてよかったなんて悠長な事を思っていられたが、どうやら、とうとう、私は、普通になってしまったらしい。折角美術高校に入ったというのに、1年経ったら普通になってしまった。なんという手のひら返し。
また下校中の事である。道端に何かが落ちていたたのを見た佐竹は、少し距離を詰めるや駆けて行ってしまった。私と金城も少し足早に見に行くと、それは肉塊であった。
「こいつはいいな。足の細さから辛うじて猫だとは分かるが、毛皮がほとんど残ってない。このぺしゃんこ具合から察するに、トラックか何かに轢かれた後、趣味の悪い奴に皮を剥がされでもしたんだろう。猫が為す術なく轢かれ、皮を剥がされる様を想像するだけで、俺は幸福だ。」
佐竹は、この「趣味の悪い奴」というところで、ちらと私を見た。誓って私はやっていないが、それより、最早そこに美を感じることが出来ないという焦燥が、私の心を占拠していた。例の猫は、とうとう姿すら表さなくなった。私には、「ああ、そうだな。」と力なく笑うしか無かった。
金城は、
「流石にグロテスクすぎるね。佐竹、君ちょっとサディストなところがあるんじゃないの?」
なんて言い、
「馬鹿言え。芸術家なんて基本サディストか、マゾヒストか、あるいはナルシストだ。」
なんて返される、そんなやり取りを楽しみながら、私をちらちらと流し目で見て気にかけているように見えた。
帰宅するなり、私は今まで描いてきた猫の習作を全て押し入れの奥へと酷く乱暴に閉まった。
そして、この間見たノスタルジアな夕日を慎重に、計算しつくし、写実的に描いた。
「さっきの乱暴な音は何?」
母親は、そんな文句を言いながら、丁度出来上がった絵を見るなり、
「あ、あんた。これ、今まで見た中で1番の傑作だよ。」
と驚嘆していた。
「ありがとう。」
私には、それ以外の言葉が思いつかなかった。
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