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そんな暫くたったある日のこと、下校途中でのことである。猫を見た。駐車場の、コンクリートの縁の上に鎮座し、澄ました顔で空を眺めている。灰色の世界に、白と黒が映えた。それはまるで、ひとつの新しい物体が出来たかのような錯覚を覚えるほどの、美しさだった。

しかし私は、そこに美を感じず、ただ純粋な幼心から、その猫をかわいいなあと思った。すると、猫がこちらを向いた。

その萌黄色の球体に、真黒い闇ができていた。その目は、私のことを私としては認識しておらず、私というただひとつの脅威としてしか、映していなかった。そして、その目には、生命力が燃え盛っていた。何としてでも、生きてやる。そんな炎を、感じた。その粗野な目は、猫の気品のある毛皮の美しさを際立たせた。

私は、私の目は、その時はもう、その猫をかわいい猫としては見ていなかった。それを、単なる美として見ていた。その2つの生物の間に、所謂正しい認識なんてものは無かった。お互いがお互いを、正しく認識できていなかったのである。

ふと、猫が向こうを向いた。その瞬間、あの粗野な瞳は向こう側へと失われ、際立った毛皮は単なる毛の塊にしか見えなくなった。最初見た時、あれ程までかわいいと思っていた、瞳によって際立っていなかった毛皮が、今やなんの魅力も感じ無いものになった。私と美の間に、壁が隔たれたのである。

その翌日、いつものように灰色のコンクリートを眺めながら帰宅していた時、昨日猫と出会った通りの脇に、同級生達によって人だかりが出来ていた。何かの予感がした。人をかき分け、その対象へと向かった。

やはり、猫である。ゴミ袋に雑に捨てられ、四肢は伸びきっている。灰色の世界に彩りをもたらした毛皮は濡れ、その皮に大分容量を減らし、張り付いている。所々、血が切り込むように流れ、時々滴っていた。猫の口は大きく開かれ、これもまた、血が鮮やかに装飾していた。

そして、目である。昨日、あれ程私を高揚させた目は、猫が死んだ今、昨日あれ程生命力に満ちていた、あの目は今、燃えていた。萌葱色の透明感もなく、生卵のような白い目は、鮮やかに、血管が張り裂けそうなほど走っていた。

それは、炎だった。私は、そこに炎を見た。命の、炎である。その猫の姿を見るなり、昨日の猫だと、私は確認した。死んで尚、あんな炎を燃やせるのは、あの猫しか知らない。炎を燃やすように生きれるのは、俺の知ってる限りあの猫しかいない。そんな気がしたのだ。

私は、そこを離れた。人だかりは、猫の死体に飽きたのか、もう無くなって、各々家路に着いていた。ただそこに、猫の死体だけが取り残されていた。あの猫の時間は、あそこで止まるのである。私は、生命の歩と、死に対し、純粋な、恐怖と憧れを覚えた。小学5年生である。

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