異能者+集団

「どうせ来るだろうとは思っていたのですが、こんな面倒なものまで押し付けられるとは思いませんでしたよ。社長大丈夫ですか」

 はぁあと長くついたため息とは裏腹に太宰はとても楽しそうな笑みをその口元に浮かべていた。口調も軽いものでにぃと細められた目は辺りを包む毒々しい色の霧をみていた。太宰の体に己の体をつけるように身を潜めながら福沢は何が楽しいのやらと太宰をみる。その顔は楽しげな太宰と反してとても険しいものだった。

 今のところは問題ないと答える声も忌々しげだ。

「問題はこの後だ。何時までもここに隠れているわけにもいかぬだろう」

「そうですね」

 ばんばんと聞こえてくる銃声。隠れている場所が削れていくのに二人の目が周囲を見渡す。

「恐らくこの毒霧は一人一人識別しての攻撃ではなく、事前に解毒剤となるものを渡されているだけだと思うんですよね。なので私が行って一人ぐらいから解毒剤を奪ってくるという手がまずひとつあります」

 太宰が一本指を立てる。周りを見ながら福沢は立てられた指をみた。ぎゅっと眉間による皺。舌打ちを打ちそうなほど低い声がでていく。

「解毒剤を奴らは常時しているのか。もう既に飲んでいて手元になければ意味はないだろう。それにこの銃弾の中一人で出るには危険すぎる」

「そうなんですよね。基本的には一定量を含めば解毒剤も効かなくなるはずですが、何せこれは異能によるものですから、そうでない可能性も充分考えられます。それに異能である以上私には効かないので私が行くのが一番ですが、その間にも社長は毒にやられてしまう。幸い即効性はないようですし、微量ならば対した影響はありませんが、かといって毒を社長に浴びて貰うのも如何なものかと。今回は極秘と言われている以上与謝野先生にも頼めませんしね」

 ふーーむと唸る太宰。困りましたねと言うわりにはやはり楽しげである。福沢からは今度こそ舌打ちが落ちる。そもそもこれを極秘でと言うのが馬鹿らしいのだ。こんな依頼受ける必要はなかったと毒づいているのに、太宰は仕方ないじゃないですか、政府高官、それも探偵社がお世話になった方からの依頼だったんですからと笑っている。それに私は楽しいですよ。奴らが各国から盗み出していると言う機密情報。どんなものがあるか興味深いではないですか。そんなことまで言うのに福沢は太宰をチラリとみてため息をつく。怒りが少しばかり呆れに変わっていた。

「太宰。依頼の内容を忘れていないだろうな」

「覚えておりますよ。奴らの捕獲。および奴らが盗み出した情報の削除。奴らのことが知られたら混乱になりかねないから極秘裏。私と社長二人だけで事に及んで欲しい。

 情報は削除しろと言われてしまいましたが、その途中ほんの少し目にはいってしまうのは不可抗力だと思いませんか」

 福沢に問われるのに答える太宰。悪びれるようすもなく問いかけ、太宰はにっこりと笑い福沢を見つめる。はぁとまた落ちたため息。程々にしておけと彼が言うのにはーーいと太宰は笑って答えた。そしてちらりと銃弾を撃ち込んでくる奴らをみる。壁は殆ど削れていた。

「そろそろここも限界ですね。どうしますか、社長」

 にぃと笑いかける太宰。銃を撃ち込んでくる男たち、毒霧、そして太宰をみて福沢は良いかと太宰に聞いた。もちろんですともとすぐさま答えた太宰は福沢の肩に飛び乗ってくる。重みが乗り掛かってくるのに腰を掴んで福沢は立ち上がり走り出す。右手には確りと刀を握りしめていた。撃ち込まれる銃弾を刀で切り、前に進む。男たちを切り捨て、その奥にはまだ敵の仲間が待ち構えていた。

 毒霧だけだったら軍でも余裕で対処できたと思うんですけどねと太宰がため息をついている。集まってくる敵。銃弾から逃げながら対処していく。眼前にきた敵を切っていくのに、福沢の背に担がれた太宰はやることもなく周囲をみていた。その目が福沢の後ろ、影に隠れ銃を構える男の姿に気付く。あっと上がった声。

 太宰の声に福沢も状況を判断して、後ろを振り向こうとするが二人目の前に敵が来る。さらにその奥には三人。二人を刀で切り、一歩前に出ていた奥の敵、一人を膝で蹴りつけ、残り二人は構え直した刀で切る。

 間に合うかと振り向こうとした時、一発の銃声が背中から響いた。ちっと近くから聞こえてくる舌打ち。ぐっと太宰が福沢の着物を掴んで上半身を起こした。もう一発の銃声。

「やったのか」

「ええ。腕と足を撃ったので攻撃してくることはありませんよ」

「分かった」

 福沢が前に進んでいく。切り損ねた敵や奥にいる敵を太宰が銃で撃っていく。撃ちながらうーーんと太宰は唸った。

「やはりこう動きがぶれるとうまく行きませんね」

「焦点をあわせたくなれば言え。数秒であれば安定させられるはずだ」

「了解です。それまで数打ちゃ当たるで撃ちまくっていますよ」

 福沢の背中の上で太宰の銃が鳴り響く。時折掴む手を離して器用に空になった銃弾を補充し、また撃つ。福沢も近い敵から順番に動きを封じに行っていた。数人動きを止めたところで太宰は辺りを見渡しながら福沢に声をかける。

「数が多いと全員倒すにも厄介ですよね。一番厄介な異能者を捕まえたいのですが協力お願いできますか」

「どうしたら良い」

「全体を一周ぐるりと走って欲しいです。恐らく何処かに隠れているはずなので、探します」

 分かったと答えたと同時に福沢は一人に切りかかりながら方向を転換していた。撃ち込まれる銃弾を建物の影に隠れ、やり過ごし、掛けていく。手頃な敵はたおしながら戦っている場所の一周をぐるりとまわっていく。狙える人影に銃を撃ちながら太宰は周りを見渡していた。 

 その目が周囲に人のいない一つの建物、その奥を捉えた。周りの喧騒とは違い動きがなく静かなそこで何かが動くのを目にする。

「社長。お願いします」

 銃を構えるのに福沢は分かったと答えるより早く一歩右にずれて、重心を落としていた。確りと地面を踏み、狙ってきた銃弾を小さな動作で切る。刀を太宰を支える手に持ち直し、直前まで斬ろうとしていた男が逃げようとするのに首を鷲掴み最小の動きで投げる。男が手にしていた銃を奪う。刀を掴み直し、銃弾を切り、刀を地面に突き刺すと同時に銃弾を撃ち込んでいく。

 ばんと福沢の背の後ろでも銃声が轟いた。その数秒後、何かが崩れるような物音が響き、それとともに毒々しい異能の霧が消えていく。やったのか。短く聞くのにええ。気絶した筈ですよと太宰はすぐに答える。それならと福沢は銃を捨てて刀を握りしめ、後ろに逃げていく。建物の影に隠れてから太宰を下ろした。地面に足をつけた太宰がにぃと口元をあげる。

 敵が浮き足立っているのが分かる。それでも何とか撃ち込まれる銃弾。削れていく壁。福沢が敵を見据える。

「ここからは各々で敵を撃破していくぞ」

「了解です」

 先陣を駆け出す福沢の後に続いて太宰も飛び出していく。




 ふぅと吐息を吐き出した福沢。血濡れた刀をこれはもう無理だなと男たちの武器の中に放り捨てながら、太宰を見下ろす。福沢が敵を全員集め、簡易的な手当てを施している横で太宰はアジトから探し出してきたパソコンとメモリーの中身をみてはご機嫌であった。

「異能が面倒なら敵の数も多くて面倒。その上支払いは安いと言う最悪な案件でしたが、でも面倒に見合うだけの情報はありましたね。各国の機密情報等はさすがに見ていませんが、それだけでなく各国にある犯罪組織のデータがたんまり入っていましたよ」

 そうかと福沢は答える。正直それでご機嫌になれる理由が分からなかったが、嬉しそうならば良いことだと頷く。その後に太宰と太宰の名前を呼んだ。福沢の手は男たちの武器の中からまだ使えるものを選び手にしている。はーーいと答えた太宰はぱたんとパソコンを閉じて天高く放りあげた。

 上を向く福沢の手。

 バンバンバンとあるだけ銃弾を叩き込む。大きく凹み、穴の開いたパソコンが地面に落ちた。それでは帰りましょうかと太宰は笑う。

「探偵社で洗い流した後、何か食べに行くか。だいぶ遅いが居酒屋などであればやっている店もあるだろう」

「それはもう是非。あ、明日の仕事なのですけど」

「ああ。朝は来なくて良い。ゆっくり寝て昼頃に来い」

「了解です」

 

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