魔王討伐に向かう超TUEEEな勇者様、パーティーメンバーゼロだった。「俺さえいればいい」ってそんなわけにはいきません

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 魔王討伐に向かっている勇者様が、一人で旅をしている。

 仲間もつけずに、たった一人で。


 これは由々しき事態だった。

 魔王討伐に関係する勇者様は、全世界の期待を一身に背負っている。


 そのため、ありとあらゆる問題を想定して、勇者様の力と同等の仲間が選定されたというのに。


 それなのに、一体どうして。


 国の規定では、勇者様は、必ず仲間と共に行動するように決められている。


 だから、一般市民達からその知らせを受けた私は大いに慌てた。






 数日後、対策会議でまとめられたのは、「やはり勇者様を一人にはしておけない」という方針だった。


 ここは魔王討伐サポートセンター。


 勇者様の障害を取り除くために、さまざまな支援を行う機関だ。


 だから、今回の件もまずこちらにまわってきたというわけだ。


 上司である男性が、集まった人員の顔を一人一人みつめながら声をかけていく。


「そういう事だから、各支援員は勇者様の行きそうな場所に向かってください。見つけ次第確保、説得するようにお願いします」


 私達は、現在地……勇者様のいる場所は分かっていない。


 だから、人海戦術をとって多くの人員がこの件に当たる事になった。


 私のその中の一人だ。


 冒険者装備を身に着けて、その日の内に出発することになった。


 魔王討伐サポートセンターの一員でもあるが、これでも昔は凄腕の冒険者だったのだ。


 普通のモンスターにおくれをとるような事はないだろう。






 そういうわけで、勇者様を探して山を越えて、谷を越え、海を渡り、森に入ったりした。


 苦労した末、数週間後、私がアタリを引くことができたようだ。


 該当人物を見つけた私は、これで肩の荷が下りると思っていた。


 だが、それは間違いだった。


 私は勇者様にさっそく、なぜ一人で旅をしているのか、理由を尋ねた。


 するとその勇者は、「俺さえいればいいからだ」と返答。


 答えになっていない。


 あれこれ話題を変えてみるものの、しかし勇者様は「俺さえいればいいからだ」と一点張り。


 まったく意見を変える様子がなかった。

 大層自分の力に自信をお持ちのようだ。

 防具すら身に着けていない。


 旅の間にちやほやされて、きっと舞い上がってしまっているのだろう。よくある事だ。

 

 歴史上の中でも何人もの勇者が傲慢になっていって、その特殊な立場におぼれていったのだから。


 皆に尊敬される勇者といえど、中身は普通の人間なのだ。ある意味仕方がない。


 だから、私達がここで感情的になってはいけない。


 私は、「仲間がいた方が便利ですよ」とひたすら説得。


「サポートセンターへの報告とか、荷物持ちとかの面では、モンスターに囲まれたときはどうするんですか?」、と立て続けに説得を試みた。


 しかし「俺さえいればいい」との事だ。


 これはあかん。


 重度らしい。


 押しても引いても小揺るぎしなさそうなので、他の人に説得をお願いしようと思った。


 しかし、その時。


「大変だ! 魔王の手下がやってきたぞ!」


 近くでトラブルが発生したらしい。


 私はなんとかこの勇者に、現実を教えようとした。


「勇者様! 助けを求める声が! 出番です!」


 これで、苦戦してくれれば説得しやすくなる。


 そう思ったのだが。


「分かった」


 一言だけ言った勇者様は、だんっ。

 とその場から飛び上がって、びゅんっ。

 と空気を蹴って上空を弾丸のように飛翔。そして、どんっと発射。


 発射?

 人間ってそんな事できたっけ。


 あっという間に勇者様が、見えなくなった。


 数秒後。


 どこかで爆発音がした。


 遠くで土煙が上がっているようだ。


 それからさらに数分後。


 同じように、だんっ、びゅんっ、どんっ。


 とした勇者様が魔王の手下らしきもの(ボロ雑巾風)を手にして帰ってきた。


「俺はこの辺りに来たばかりで詳しくない。牢屋はどこだ」

「あっちです」


 再び、だんっ、びゅんっ、どんっ。


 あっ、そうですねそれなら「俺さえいればいい」ですよね。


 私は説得を諦めて、すごすごと本部に帰りそうになった。


 何この勇者。本当にこの人だけいればいいんじゃ。


 思わず今までつけていた様付けが吹っ飛んでしまってるよ。


 放っておこうかなと一瞬、本気でそう思ったが、いやいやそれはあかんでしょ。


 たとえ今はよくても、きっと後々苦労するはず。


 する、はずよね?


 ともかく、あの勇者が何をどう思っているかは知らないけれど、仕事はしなければいけない。


 勇者の体面というものもあるし、一人で行動されるのはいろいろまずいのだ。







 だから、再び帰ってきた勇者様に向かって、頑張って説得を試みた。


 しかし、やはり「俺さえいればいい」。


 もう何なのこの勇者。


 ちっとも自分の意見を翻す気配がないんですけど!








 アプローチ方法を変える事にした私は、勇者のパーティーを離脱した人たちを探すことにした。


 国から期待されて、わざわざ勇者のパーティーに選抜されたというのに、彼等は一体何をやっているのだろう。


 意地でも、勇者についていくのが彼らの仕事ではないだろうか。


 勇者の状態に危機感を覚えた私は、調査していくのだが……。


「豪遊、女遊び、ギャンブル! ナニコレ!」


 判明したのは、彼等のろくでなしな生活実態だった。


 勇者のため各地に設置された拠点でぐーたらな生活を送っている攻撃魔術の使い手。


 勇者パーティーに所属している者達に与えられた肩書きを利用して、女を口説きまくっている治癒魔術の使い手。


 国からもらった支度金に手を付けた弓士や斧使いはギャンブルざんまい。


 他の仲間も似たようなものだった。


 勇者パーティーに所属するだけあって、自分達の痕跡を残さずひそかにやりたい放題しているのがタチ悪い。


 冒険者として活動していた頃の私の伝手がなかったら、彼等の実態など分からなかっただろう。


 怒りを抑えながらも私は、彼等に会いに行った。


 すると、彼等は「勇者一人で戦えるからいいじゃん」「俺達が頑張らなくたってさ」「今日は、他にやる事あんだよ帰れ。世界平和とか本当はどうでもいいんだよ」「コネでパーティーに入り込んでみたけど戦いなんて、興味ないんだ」と発言してきた。


 判明した。調子こいてたのは勇者の方じゃなくて、彼等の方だった。








 勇者はそんな仲間に嫌気がさしたのだろう。


 自分勝手な仲間達を見て、誰かの手を借りるより一人で行動した方がいいと結論付けたのかもしれない。


 これではいけない。


 そう思った私は、パーティー変更の必要性を国に訴えた。


 でも、聞く耳を持ってもらえない。


 コネを利用して人格的に問題のある人間が勇者パーティーにもぐりこんでいる時点で察する事ができたが、やはりパーティーメンバーを決めた組織が腐敗していたようだ。


 今回の「勇者様、一人で旅をする」案件も一般市民から声が上がってきて、やっとこちらのサポートセンターが把握した流れだし。


 だったらしょうがない。


 勇者を訪ねて向かった、宿屋の一室で、私は……。


「勇者様、私をパーティーに入れてください」


 職を辞する覚悟で、その申し出を口にした。


 しかし、勇者は「俺さえいればいい」とまた同じ発言。


「このままでは、いつ何が起こるか分かりませんよ。一人で進んでいてもしも何かがあったらどうするんですか」

「足手まといがいる方が、問題だ」


 ようやく喋ってくれたと思ったら、そんな言葉しか返ってこなかった。


 勇者の人間不信は根深いようだ。


 だったら仕方がない。


 私は労働契約書を掲げて見せた。


「サポートセンターの者が職務規定に記されていないサポートを行う事は、重大な契約違反です」


 勇者はいきなりなんの話をしだすのかと、首をかしげる。

 私はたたみかけた。


「勇者様のパーティーに入る事は、私達の労働内容ではありません。ですから、そうなった場合、私は今の職を辞める事になります」

「勇者の取り巻きになった方が利益が大きいだろう。損はしないはずだ」


 所詮、利益がほしくて自分に取り入ろうとしているのだろう。

 そう、勇者は語りかけてくる。


「馬鹿にしないでください。誰もが自分のために行動しているわけではないのです。このままあなたが、守るべき者達にまで失望するようになったら困るんです」


 だから、私は勇者の心に届くように願いながら言葉を続けた。


「私があなたのパーティーに入っても、国から認められた人員ではないので、装備が壊れた時は自腹です。お給料でませんし、むしろ犯罪者扱いですし、しかも応援してくれた家族に顔向けができません」


 勇者のパーティーメンバーになっても一つも良い事はないのだと、協調していく。


 そこまで言うと、さすがに勇者も困惑しはじめた。


「お前は戦えないだろ」

「冒険者として活動していました」


 勇者は、何でそこまでという目でこちらを見てくる。


 だから私はとっておきの秘密でも打ち明けるように述べた。


「知らないんですか。探偵は、探偵でなくなっても探偵のままなんですよ。仕事がなくなったって、謎解きするのはやめられません。私達は世界の平和を守るためにこの職についたんです、たとえ仕事を辞めても誰かを守る事はやめられないんです」


 こちらの言葉を聞いた勇者は、「なら」と私が持っている労働契約書に目を向けた。


「それを破いてみせろ、そしたらお前を信じてやる」


 どうせできやしないだろ、と勇者はそんな目で見てくる。


 私はためらった。


 だって、これを破っても勇者が何もしてくれなかったら、私がやった事はただの無駄になってしまう。


 盛大な自爆をしただけで。


 でも、損得を考えていたらきっと勇者の心には届かないだろう。


 なら、覚悟を示さなければならない。


「えいっ」


 私は意を決してその紙を、ビリビリにやぶった。


「うぅっ、さようならぁ……ひっく。ぐずっ」


 あっ、でもやっぱりちょっと未練が。

 故郷のお母さんお父さんごめんよ。

 泣いても良いかな。

 もう、泣いてたや。


「いや、何もそこまで細かく破らなくても。というか泣くな」


 勇者はハンカチをとりだして私に手渡してくれた。


 そして、「お前の覚悟は分かった」と背中を向ける。


「さっさと支度しろ。急ぐぞ。もうすぐここを出発する予定だったんだ。それをお前が話を始めるから遅くなってしまった」

「ずっ、ずびばせん」


 嬉しさと悲しさでごちゃまぜになった私は、しばらく勇者のハンカチのお世話になっていましたが、泣いてる間律義に待ってくれていた勇者はけっこういい人な気がした。


 まあ、そうでなければ元仲間の裏切りに失望したりはしないだろうし。


 支度をした私は、宿屋の部屋から出ていく。


「ずびっ、これからよろしくお願いしますぅ……うぅ」

「もっと毅然とした人間かと思ったら、案外泣き虫なんだな」


 そちらこそ、もっと無口だと思ってたけれど、意外とお喋りなんですね。


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