第31話 それぞれの夜~ルジー~
サイラスがケブダー邸を出て、ルジーを安全な場所に送る任務についたときには、もう深夜になっていた。
馬車で町の中心を離れるにつれ、人影は少なくなっていく。しまいには、野良犬が一匹、とぼとぼ道を歩いているだけで道行く人はいなくなった。
あまりはやっていない宿の前で、二人を乗せた馬車が止まった。
先に馬車を降りたサイラスが、ルジーに手を貸して彼女を降ろす。
金を受け取った馬車は、降ろした客に未練も関心もない様子で走り去っていった。
「ごめんね、これから君のお屋敷はストレングス部隊が捜査することになる。だからしばらくの間ここで我慢して」
ルジーはうつむいて黙ったままだ。
サイラスは宿のドアをノックする。出てきた主人は、やせた初老の男性だった。もう大体の話は通っているので、主人は何も聞かず中に案内してくれた。
宿の中は少しかび臭い。主人に続いて、細くきしむ廊下を進む。そして主人は一つのドアの前に立ち止まった。
一つ礼をして、鍵をサイラスに渡すと主人は下がっていった。
サイラスは鍵を開けると、与えられた部屋に入るようルジーを促した。
「すぐ女性の一階組、えっと隊の人が来るから。何か不自由なことがあったら彼女に言ってね」
女性隊員がつきそうのは、世話の他に自殺防止でもあるのだが、それは言わなくてもいいだろう。
部屋の中は静まり返っていた。弱いランプの灯りに、必要最低限の家具がぼんやり照らされている。お嬢様育ちのルジーには、かなりみじめな部屋に見えるだろう。
「狭く感じるだろうけど、ここなら、野次馬も来ないし、しばらくゆっくり休めるだろうから」
なんとかルジーをなぐさめようと、この宿の利点を言ってみるが、効果があったかどうかわからない。
おとなしくルジーはイスに腰掛けた。きれいなドレスを着ている分、余計に表情の暗さが目立ち、疲れ果てているのがわかって痛々しい。
「お父様は?」
前に聞いたものと、同一人物とは思えないほど弱々しい声だった。
「明日にでも都に送られる。それから取り調べと裁判で刑が決まるはずだ」
「重い刑になるでしょうね」
「……うん」
大丈夫、だとは言えなかった。
人の家に押し入るだけでも重罪だし、記録にある通りなら、ヴァスを含め三人も人を殺したとになる。極刑もあり得るだろう。
「あああ……」
突然、うめき声がルジーの唇から洩れた。
今まで心の奥底に押し付け、我慢してきたものが安全な場所に来てようやくあふれ出してきたのかも知れない。
「あああああ! 信じられない、信じられない!」
うめき声は、最後には叫び声になる。
「お父様が犯罪者? じゃあ、私は人から奪った金を基にここまで大きくなったの?」
叫びながら、イスに座る自分の太ももを拳で叩いた。
「父さんは、私に悪いことをしていたこと、隠してた! なんの罪もない人に、ひどいことしてた!」
実際その通りなので、サイラスは「そんなことない」と否定して慰めることもできなかった。
ケブダーを捕らえた事を後悔はしていない。むしろ、過去の犯罪が未解決のまま埋もれなくて良かったと思っている。
(でも、これからルジーはどうなるのだろう?)
父親がいなくなって、これからは一人で生きていかなければならない。
おまけにパーティーを襲い、自分を化け物を使って殺そうとしていたのは、使っていたメイドだ。
ルジーは、レリーザがフェリカのストーカーにからまれたと怒りながら訴えていた。ルジーはレリーザのことをそれなりに大切に思っていたのだろう。
「あの予告状、やっぱりお父さんの言う通り放っておいたほうがよかったと思ってる?」
サイラスは恐る恐るルジーに聞いた。
もしも、彼女が「父親が罰せられるのは、自分が父に逆らってストレングス部隊に予告状のことを話したからだ」なんて思っていたらいやだ。
サイラスの言葉に、ルジーは首を振った。
「わからない。でも、父さんのことは当然の報いと思ってる」
なんだかその言葉を聞いて、少しほっとした。
「あの、これ……」
サイラスは、小さな箱を取り出した。
「これ、お父さんが君にって」
それはオクシュ退治が終わり、サイラスが一休みしていた時だった。
一階組の一人が、「ケブダーが呼んでいる」とサイラスを呼びに来たのだった。
なんで自分が、と思ったが、一度会ったことのある者の方が話しやすいと思ったのだろう。
縄をかけられ、隊員に連れて行かれようとしているケブダーに託されたのがこの箱だった。
サイラスから箱を受け取った後、ルジーは静かに開いた。
箱の布張りの上に乗っていたのは髪飾りだった。並べられたエメラルドが、橙色のランプの光を緑色に染め変え、静かに反射させていた。
「いらない、こんなの!」
その輝きを床に叩きつける。
「……」
サイラスは無言で髪飾りを拾いあげた。
ルジーの手からそっと箱を取り、髪飾りを中に戻す。そっとフタを閉め、そばにあった机に置いた。
遠くで、宿の玄関が開く音がした。おそらく、女性の一階組が来たのだろう。
しばらくして、ドアがノックされた。
扉を開けると、一階組のモーラが立っていた。目が会うと、モーラは黙って礼をする。
サイラスは部屋の鍵をモーラに手渡した。
「じゃあ、僕はそろそろ行くね」
ルジーは何も答えない。
廊下に出たサイラスは、言い忘れたことがあるのに気づいて、ちょっと振り返った。
「そうだ、遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう」
まるで大声で脅かされたように、ルジーはびくっと肩をすくめる。
そして驚いた顔のまま、ゆっくりとサイラスの方に首をめぐらせた。
サイラスは微笑んだ。
「忘れないで。父親がどうでも、君が生まれたことは素晴らしいことなんだから」
「ねえ」
戸を閉めようとしたところを呼びとめられる。
「やっぱり、この髪飾り、受け取ることにするわ。だって、これからきっとお金が必要になるでしょう?」
ルジーがほんの少し微笑みを見せてくれて、、サイラスはちょっと安心した。
先のこと考えられて、笑えるのなら大丈夫だ。きっと。
小さな音を立てて、今度こそ扉が閉まった。
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