第30話 たまには素直な言葉を
「庭にて、ケブダーが確保されました!」
「ケラス・オルニス、残党を全員確保!」
待ちに待った報告が届いたのは、それからたっぷり三十分は経った後だった。
客たちの避難も確認され、十六番地区と十七番地区のストレングス部隊がパーティー会場の扉前に集まった。
皆、手に手に大きく分厚い麻布を持ち、緊張した面持ちだ。
代表として、バドラが隊員たちの前に立つ。
「目標は中にいる怪鳥のせん滅と、十六番地区隊長アシェルの救出」
一同は重々しくうなずいた。
バドラの指示で、針金を断ち切られる。
「行くぞ!」
扉が開け放たれた。
「アシェル!」
他の隊員たちに続き、ファーラは中に駆け込んだ。
サイラスも後に続く。
室内は、悲惨な状態だった。ジュウタンは爪で破かれ、料理がぶちまけられている。所々羽も落ちていて、まだら模様を作っていた。
物影を、イスやテーブルの上を、床を、オクシュが我が物顔で歩き回っている。
「なんだんだ、この鳥は!」
初めて怪鳥を見る隊員たちが、驚きの声を上げる。
「爪とくちばしに注意しろよ!」
バドラが指示を飛ばした。
侵入者に気付き、オクシュはいきり立った。
ぎゃあぎゃあと威嚇の声をあげる。
何羽かのオクシュが、羽ばたきながら隊員に襲いかかる。
隊員たちは、各々防御の姿勢を取った。
飛び上がったオクシュは、急に気が変わったように中空で翼を閉じた。爪やくちばしが隊員の体に届く前に、重力に引かれて床に落ちる。そして怯えたように首を縮め隅へと逃げていった。
あちこちで、同じ事が起こっている。まるで、隊員全員、見えない結界に守られているようだった。
「アシェル!」
床に座り込み、壁に寄り掛かった状態でぐったりしているアシェルを見つけ、ファーラは駆け寄った。
アシェルは、一言で言えばひどい状態だった。頬には浅いひっかき傷があり、手首には包帯代わりのナフキンが巻いてある。丈夫なはずの制服も数カ所破れ、血か料理の汁か、得体の知れないシミがついていた。
「ああ、ファーラか」
ファーラに気がついて、アシェルは寄り掛かっていた背を壁から離す。
「悪い悪い。さすがに疲れてな。少し休んでいたんだ」
「うわああああん!」
サイラスが両膝を床につき、ひしっとアシェルに抱きついた。
「隊長! びっくりしましたよ! 死んじゃってるのかと思いました!」
「ええい、ひっつくなサイラス、うっとうしい!」
アシェルはサイラスを引き離した。
「それにしても、よくわかりましたわね。オクシュがレモンの匂いが苦手だってこと」
ファーラは周りのストレングス部隊に目をやった。
隊員たちは、「ほら! そっち行ったぞ!」だの「よっしゃ、捕まえた!」だの言いながら、逃げ惑うオクシュを袋の中に投げ込んでいる。
されるがまま、とまではいかないが、オクシュはすっかりおとなしくなって、逃げ回るだけで積極的に攻撃はしてこない。
ケラス・オルニスを倒すため、サイラスが立ち去ろうとしたあの時。アシェルは扉越しにこう指示を出した。
「あの鳥は、柑橘(かんきつ)系の匂いが苦手のようだ。ストレングス部隊はみんな、レモンの香水をつけてくれ」
その結果、こうして襲われずに済んでいるわけだ。
「ああ、レリーザの計画だと、館内にオクシュを放して客を襲い、その混乱の中金目の物をいただくはずだった。でも冷静に考えると、それだとケラス・オルニスやレリーザ本人も襲われてしまうことになる。だから、何か保険があるはずだと思ったんだ」
「なるほど」
「お前は、レリーザがレモンの香水をつけていたと言ってたからな」
アシェルは床に捨てられていたレモンの皮をつまみ、ぽいっと遠くに投げ捨てた。
よく見ると、彼の周囲にはサラダに添えられていたレモンの皮が散らばっていた。
「香水代りに、本物の果汁を振りかけたんですのね」
「傷にしみたよ、まったく」
よく考えれば、ファーラにも分かることだった。レリーザや、農場のトナークが、柑橘系の香水をつけていたことには気づいていたのだから。
自分はその対策を思いつけたのに、自分はできなかったなんて少し悔しい。
「そうだ、隊長。早く傷の手当てをした方がいいですよ!」
今気付いた、というようにサイラスがせかす。
「ああ、そうだな」
アシェルがうなずいたとき、
「おーい、サイラス!」
離れた場所から、バドラの声がした。
「ちょっとこっちを手伝ってくれ!」
「はーい」
サイラスは走っていき、ファーラはアシェルと二人で残された。
「悪いけど、俺はいったん戦線離脱させてもらうわ」
アシェルは立ち上がった。少し疲れているようだけど、その動きはしっかりしている。
ファーラは、そっと安堵の溜息をついた。
実は扉が開けられた時、アシェルの死体が見つかるんじゃないかと覚悟をしていた。けれどそれは考えすぎだったようだ。
歩き出したアシェルについて行こうとした時、ふいにめまいがしてよろめいた。
「おい、大丈夫か」
アシェルが肩を支えてくれる。血の通った暖かな手で。
「心配させて、すまなかったな」
素直なアシェルの言葉だった。
いつもなら、『なんだダーリン。気が遠くなるほど心配していてくれてたのか?』とかなんとか、ちゃかしてもおかしくない所だ。
でも、ファーラが本気で心配していたことを見抜いたのだろう。そういえば、こっちが真剣に話しているとき、アシェルにちゃかされたことはない。
ファーラの足がしっかりすると、アシェルは手を放すと、慌てたように少し距離を取った。
「ああ、悪かったな、こんな格好で」
アシェルは改めてぼろぼろの格好を見下ろす。
青い髪はぼさぼさ、袖のボタンは一つとれている。血や料理の汁が手の甲や首筋についている。
「傷の手当てより先に、まずお風呂と着替えをするべきですわね」
「だな」
もう少し早く扉を開けられたら、少しはアシェルの傷も少なかっただろうか。
仮にそうだとしても、扉を開けなかったことを後悔はしていない。
ストレングス部隊としても、アシェルを知る者としても、あの時扉を開けるわけにはいかなかった。
だから扉を開けなかったことを謝ったりする代わりに、素直な気持ちを言うことにした。アシェルを見習って。
「無事でよかったですわ」
ファーラは細くしなやかな指でアシェルの髪についていた羽をつまんで捨てた。
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