第29話 扉の向こう
ファーラとサイラス、それにリエソン達は、ようやくケブダー邸の庭にたどり着いた。
そこは避難してきた客たちであふれかえっていた。泣いている女性とそれを慰める者。説明を求めて使用人に詰め寄っている男。
まだ完全に避難は終わっていないらしく、まだ玄関から駆け出してくる者がいる。その中には、華麗な衣装の一部を血で染めている者もいた。
三人は馬を下り、その場にいた男性客達に手綱を託す。彼らならケガもないし元気そうだから安心だろう。
「お願い!」
「え、あ、はい!」
突然のファーラの言葉に戸惑ったようだが、引き受けてくれた。
(どうやらもう、卵がかえってしまったようね)
三人で館の中に駆けこむ。
数人の客が廊下からホールに逃げてくるのが見えた。
「リエソン、あなたは避難の誘導をお願い」
ファーラは自分でも声が硬くなっているのに気づいた。
「はい」
リエソンは、腰が抜けてはうように逃げてくる客へむかっていった。
(早くアシェルを探さないと)
ファーラは、玄関から外に逃げ出そうとする男性客に声をかけた。
「パーティー会場はどこ?」
「入口を入って、右に……」
パニックになっている男は、機械的に部屋の場所を述べる。
ファーラとサイラスはさらに先へ進んだ。
サイラスがふいに声を上げる。
「あいつ、何やってんだ!」
彼の視線の先を見ると、廊下に並ぶいくつかのドアが見えた。その中に、開け放たれ、室内がまる見えになっているものがある。
鏡台や服を入れるクロゼット。衣裳室だろう。
開け放たれたタンスのそばに、男が立っていた。右手にはナイフ、左手にはきれいなドレスをきた女性の手首をつかんでいる。そして、足元には指輪や首飾りが散らばっている。
おそらく、賊が金目の物を物色していたところに女性が迷い込み、持ち物とついでに命を奪われようとしているのだ。
「いやああ」
恐怖で固まっているのか、女性は弱々しく恐怖の悲鳴を上げていた。
「ケラス・オルニス!」
サイラスが叫び、衣裳部屋へ駆け出す。
「くそ、なんでストレングス部隊が! 早すぎるだろう!」
驚いたのは、ケラス・オルニスも一緒だったらしい。袋を左手に持ち替え、短剣を引き抜く。
「こんな時に!」
アシェルが気になるが、放っておくわけにもいかない。ファーラは拳銃を引き抜いた。
サイラスが女性の手をつかみ、男から引き離す。
ファーラの放った弾丸が、相手の短剣を弾き落とす。
「く、くそ!」
男は背をむけ、衣裳室の奥へむかった。奥には閉じた扉がある。どうやら続き部屋があるようだ。男は扉を開け、逃げようとする。
「ぐわ!」
が、何者かに弾き飛ばされまた戻ってきた。
「まったく、アシェルの奴。こっちも暇じゃないんだがな」
続き部屋からのっそり現れたのは、ストレングス部隊の制服を着た、四十ぐらいの体格のいい男。
「バドラさん!」
ぱっとサイラスの表情が明るくなる。
「十六番隊が加勢に来てくれたんですね!」
「そういうことだ。お前たち(十七番地区)の隊員も、農場にむかった残りが来ているぞ。どうやら中に賊が入り込んでるみたいだな」
言いながら、逃げ出そうとした賊の襟首をつかんで引っ張った。
床に尻もちをついた男を縛りあげながら、バドラは言った。
「そういえば、アシェルの姿が見えないが」
「今、探してるところですわ」
「もう俺の隊が裏口から邸内に侵入している。賊は俺たちに任せて、お前たちはアシェルを見つけてやれ」
バトラは、茫然と突っ立っている女性の手を恭しく取った。
彼女の避難も引き受けてくれるらしい。
「ありがとうございます!」
サイラスが元気にお礼を言った。
二人はバドラに背を向け、走り出した。
館のあちこちから、何かが壊れる音や、争う物音がしている。
十六番地区のストレングス部隊が、奥で動いた人影を追い、横を駆け抜けていく。
混乱に乗じて略奪をしようとするケラス・オルニスと、十六番地区のストレングス部隊の両方が、この館でぶつかりあっていた。
パーティー会場にむかいながらも、ファーラはアシェルの姿を探していた。
(早くしないと……)
農場での戦いでついた傷が痛む。
(アシェルとあの鳥は相性が悪すぎますわ!)
ファーラは拳銃、サイラスは剣。両方ある程度敵から距離をおいて戦える。
だがアシェルが得意なのは格闘だ。どうしたって、オクシュに手足が触れるほど近寄らなければならない。それだけ、鋭いくちばしと爪に傷つけられる可能性が高くなる。下手したら、致命傷になるほどの傷を。
廊下の角から、ケラス・オルニスが一人飛び出してきた。短剣を構え、掛け声もなく斬りつけてくる。
「ジャマ! 急いでるの!」
サイラスが相手のみぞおちを蹴り飛ばし、進路から排除する。
男は背をまるめて転がっていて、当分うごけそうにない。そのうちストレングス部隊が捕まえるだろう。
ファーラはさらに足を早めた。
客の案内によると、この突きあたりがパーティー会場のはず。
重厚な、両開きの扉が見えた。だが、その左右のドアノブは針金で硬く縛られている。
扉の向こうから、ぎゃあぎゃあと鳥の鳴き声が聞こえてきた。
ファーラは針金をほどこうと伸ばした手を、ためらって中空で止めた。
「隊長!」
追いついてきたサイラスが、ファーラを押しのけた。
ノブに手をかけようとして、針金に気付く。
「待っててください! 今開けます!」
「待って」
止めたのはファーラだった。
「今、ここを開けるわけにはいかないわ」
「なぜ!」
サイラスが食ってかかる。
どこか遠くで、剣の触れあう音がした。
「今ここを開けたら、オクシュがあふれ出してくる」
扉ごしに聞こえる羽ばたきは、一つや二つではない。
ファーラは、手を下ろし、きつく拳を握りしめた。なんだか自分の声が遠くで聞こえているようだった。
「そうしたら、ストレングス部隊(われわれ)の敵が増えることになる。なにより、避難中の客にも犠牲が出る」
語るうちに、どこか別人のようだった声が自分の物に戻っていくようだった。
正しいことを言っていると、確信が少しずつわいてくる。
「でも……」
「あなたはアシェルと何年一緒にいますの?」
たぶん今、自分は少し呆れたような目をサイラスにむけているだろう。
「自分のために他人を危険にさらす。そんなのアシェルが一番嫌う事ですわ」
彼は、理想のストレングス部隊になろうとしているなのだから。
「さすがダーリン、わかってらっしゃる」
「アシェル!」
聞こえてきた声に、ファーラはサイラスを押しのけるようにして扉のそばに駆け寄った。
「無事ですの?!」
「ああ、なんとかな」
言葉の内容と裏腹に、聞こえてくる声は苦しそうだ。
「こっちはなんとかするから、ケラス・オルニスを何とかしてくれ。外の安全が確保されてから開けてくれればいいから」
アシェルがその言葉を言い終わるより先に、ケラス・オルニスが襲いかかってきた。
二人は否応なくアシェルの命令を聞くことになりそうだ。
「十六番地区の助けが来ています! すぐにこっちは片付けますから、ちょっと待ってて下さいね!」
サイラスは剣を構え直しながら叫んだ。
「あ、あ、サイラス! ちょっと待て!」
慌てた様子で、アシェルが呼び止めた。
「この部屋に突入する前に、ストレングス部隊に伝えてくれ。あのな……」
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