第22話 見つからない企み

 ジェロイの死体をハーミットに預ける手続きを終え、アシェルは詰所に戻ってきた。

 戸をくぐった途端、一階組の雰囲気がピリッと逆立ったようだった。

 なんだか、イヤな予感がする。

「どうした、何かあったのか」

「あの……」

 一階組の一人が、なぜか戸惑っているようすで説明を始める。

「サイラスさんが、捜査中に怪我を……今、二階の仮眠室に」

「なに?」

 詳しい話を聞くよりも、実際に見に行ったほうが早い。

 アシェルは足早に階段を上った。

「おい、サイラス!」

 仮眠室のドアが開いていた。

 プーが床に座り込み、ベッドを見上げている。

 その横で、リエソンが静かにたたずんでいた。

 ベッドのそばにあるイスには、サイラスのカバンが置かれ、背もたれには彼の上着か掛けられている。

 ベッドにサイラスが横たわっていた。その両手は、胸の上でしっかりと組まれていた。シャツの袖はまくり上げられ、肘の下あたりに赤く血がにじんだ包帯が見える。

 中に入ると、ツンと薬の臭いがした。

「おい、サイラス?」

 なんで手を組んでいる? この傷はなんだ? 変に鼓動が速くなる。

「塔を出た時、いきなり襲われて……馬車から弓矢を射かけられ」

 困惑したように、リエソンが説明する。

「とりあえず、ファーラ副隊長の指示で、他の一階組たちが馬車の行方を追っています」

 リエソンの報告を聞きながら、アシェルはサイラスの様子を確認していった。

 でも、包帯の様子から死ぬほど大きな傷には思えない。まさか毒でも塗られていたのか?

 深く息をして、ざわつく心を落ち着かせようとする。 

「サイラス?」

 もう一度アシェルは呼びかけた。

「う……ううん」

 サイラスが顔をしかめた。目をゴシゴシとこする。

「ああ、うとうとしちゃった。あれ? 隊長」

 顔色は悪いけど、命に別状はない、というかむしろそこそこ元気そうだ。

 プーか尻尾をぶんぶん振って、床の上をぐるぐる回る。

 なんだか体の力がいっぺんに抜けたようで、アシェルは床に座り込みそうになるのをなんとかこらえる。

「お前……手を組んで寝るのはやめろよ。びっくりするだろうが」

 額でもひっぱたきたい衝動にかられたけれど、相手はケガ人なのでガマンする。

「いや、こうやって手を胸の上に置いていると、傷が楽なんですよ。いや、すみません、傷の手当てしてもらって、疲れたので横になったらつい眠り込んじゃって。それにしても、塔から出た途端に襲われるなんて」

 サイラスはだるそうに体を起こした。

 そして、襲撃の時のことをアシェルに詳しく報告した。

「ふむ、犯人はよっぽどこれを見られるのが嫌だったようだな」

 アシェルはイスに置かれたままのカバンを視線で指した。カバンには穴が空き、サイラスの血が少しついている。

「ああ、そう、これこれ。大変なことがわかったんです!」

 サイラスは興奮で少し声を大きくした。

 イスのそばに立っていたリエソンが、気を利かせてカバンをサイラスに手渡す。

 サイラスは中から書類を取り出した。そして、それをアシェルに手渡し、内容を説明する。

 ジェロイが昔住んでいた町で起きた小鳥事件の内容を。

「隊長は、レリーザさんは教会の孤児院で育ったんじゃないかって言ってましたよね。もしかしたら、彼女は小鳥事件で処刑されたヴァスの一人娘、シュディアさんじゃないかと思うんです!」

「……。まあ、レリーザとジェロイ、それに小鳥とウォルトルトの町を一つに結ぼうとするとそうなるか」

「じゃあ、ケブダーはその線のどこに入りますの? 予告状を置かれたのだから、無関係ということはないでしょう?」

 いつの間にか、仮眠室の入り口にファーラが立っていた。

「そうそう、ケブダーさんの過去の事を調べてみたんですけど……小鳥事件の後に、この街に引っ越してきたようです」

「明らかに怪しいですわね」

「確か、小鳥事件の犯人の中で、逃げ切った奴がいるよな」

 アシェルはもう一度書類を読み返した。

『チャススを殺したのち、賊二人は仲間割れをしたものとみられる』

『賊の一人であるヴァスは虫の息だった。残る男は金目の物を持って逃走』

「もしも、その逃げ切った奴がケブダーだったら……レリーザの目的は復讐かもしれない」

「つまり、小鳥事件の犯人の娘が、父を裏切り、もうけを独り占めしたケブダーに復讐しようと……」

「若干(じゃっかん)逆恨みじゃないですか」

 リエソンが言った。

「けどまあ、それなら動機も説明がつきますわ。自分の過去を知られたくないからこの書類を必死に取り戻そうとしているのも分かります」

 そう言うと、ファーラはいったん自分の席にむかう。

 サイラスは、仮眠室を出たファーラにも聞こえるように大きめの声で言う。

「でも、なんでレリーザさんはわざわざ予告状なんて仕掛けたんでしょう? メイドとしてケブダーの屋敷に入り込んだなら、いくらでも仇を殺す機会なんてあったと思いますけど。食べ物やお茶に毒を入れてもいいし、寝ているときにぐっさりやってもいいし」

「さあ。その辺はレリーザ本人に聞くしかないと思いますわ」

「今回の襲撃をみると明らかに協力者がいるようだが、それが二頭の竜を掲げる新生ケラス・オルニスってわけか」

 レリーザがケラス・オルニスと手を組み、悪巧みをしているとしたら。

 それに星見の坂で眠ってしまったディウィンと、輝光砂の事を考え合わせたらおのずと答えが出る。

 犯人が食材に毒を盛って、参加者を皆殺しにするつもりなのだろう。それからケブダーの館に押し入って、金目の物を根こそぎ奪い取るつもりに違いない。

 引き出しを開ける音がして、ファーラが次に戻ってきた時には、折りたたんだ皮の包みが華奢(きゃしゃ)な手に乗っていた。

 アシェルは実際に使っているところは見たことがないか、確か、あの包みは小さな裁縫セットだったはずだ。中に、ミニチュアのようなハサミや糸通しがしまわれている。

 そういえば前、普段裁縫なんてしないファーラがなんでそんな物を、と聞いてみたことがあった。なんでも親からの誕生日プレゼントだそうだ。親御さんにしてみれば、娘には拳銃を振りまわすより普通の娘さんのように裁縫やら音楽やらをやってほしいのかも知れない。

 ファーラは袖に穴が空いてしまったサイラスの上着を手に取った。

 そして当然のように上着と裁縫道具をリエソンに差し出す。

「はい」

「え? 私ですか?」

 リエソンは自分を指差した。

「だって、私がやったら指に穴が開きますもの」

 サイラスが苦笑する。

「いいですよ。自分の家でやりますから。そもそも、一度洗ってからじゃないと汚れを縫い込んじゃうと思いますよ」

「あら、そう?」

 ファーラが上着をイスに戻し、裁縫セットをポケットにしまいこんだ時。

 誰かが早足で階段を駆け上がって来る。

 少し荒い勢いで扉が開け放たれる。

 「サイラスくんは無事かい?」

 扉の前に立つ仮面の男は、声からしてミドウィンのようだった。

「ああ、ミドウィンさん」

 ベッドの上で、ひらひらとサイラスは手を振った。

「ケガしたって聞いて飛んできたんだけど、よかった。無事そうだね。死んだら解剖してあげようと思ったのに」

「ひど!」

「ひどいかい? 何があっても、君を殺した犯人の手がかりを見つけてやるっていう意気込みだったんだけど」

「その気持ちは嬉しいけど、まだ死んでないし、死にたくないです!」

 サイラスがもっともな感想をいう。

「ていうかミドウィンさん、わざわざお見舞いに来てくれたんですか? お忙しいでしょうに」

 リエソンが言う。

「もちろん、サイラスくんのお見舞いの他にもいくつか連絡事項があってね。ジェロイが殺された時襲撃された、都のストレングス部隊二人のことなんだけどね。命に別状はないけど、まだ目を覚まさないんだ。だからそこから情報を得るのはまだ無理だね」

「くそ、証言から犯人の顔でも分かれば話しは早いんだがな」

「でも、死なないでよかったですよ~」

 確かに、まずそこを喜ぶべきだったかと、アシェルはサイラスの言葉に少し反省した。

「で、ケブダーの食材の検査結果の方は? 持ってきてくれたんだろ?」

 ミドウィンはため息をついたらしく、面にはめられたガラスが少し曇った。

「ホントに大変だったんだよ! 食材全部調べたんだよ、全部!」

 まるでなだめるようにプーがミドウィンの足にじゃれつきくんくん鼻を鳴らす。

「そういえば前からずっと気になってたんだけど、検査した食材って、全部捨てちゃうの?」

 サイラスの無邪気な質問に、ミドウィンは大きな声を上げた。

「とんでもない! そんなもったいないことはしないよ。肉は少し切り取って、果物もヘタや汁を調べれば全体に毒が仕込まれているかわかる。玉子はそもそもカラがあるから、割るまでもなく針で毒を注入すれば跡でわかる」

 ミドウィンは結構な枚数の書類を手渡してきた。

「それで、毒はどれに入っていた?」

「いや、毒はなかったよ」

 あっさりと、実にあっさりとミドウィンは言った。

「は?」

 アシェルは思わず声を上げた。

「本当になかったのか? 見逃したとかではなく?」

「失礼な! 僕がそんなヘマをするはずないだろう」

 また目のガラスが曇った。今度はため息ではなく、怒りで勢いよくしゃべったからだ。

 アシェルは、渡された書類をぱらぱらとめくる。たしかに、食材を並べた一覧表に、毒入りの印は一つもなかった。

「おかしい。食材に毒をいれて、客を皆殺しにする計画だと思ったんだが」

「ええ? じゃあ、結局レリーザさんが何を企んでいるのかわからないんですか?」

 サイラスが身を乗り出してアシェルを問い詰めた。そう言われても、アシェルは返す言葉がない。

「食材はもうケブダーんとこに渡したよ」

 ミドウィンがこれまたあっさりと言った。

「なんだって?」

「だって、毒も睡眠薬も入っていなかったんだ。問題ないだろう。そもそも、ケブダーから捜査の依頼はされていないって聞いたよ。返してくれって言われた以上、こっちで止めておくことはできないよ」

「ううう」

 アシェルは唸ることしかできない。

「なに、大したことないだろう」

 ミドウィンは笑いを含んだ声で言った。

「だって、調べる方法がないわけじゃないんだ。本人から聞けばいいだろう? それにサイラスを襲った馬車を見つければ、それはそれで犯人に繋がるだろうし」

「ああ、そうですね」

 サイラスはパッと顔を明るくした。

「たしか、一階組が行方を追っていると言っていたな。ファーラ、合流して指示を取ってくれ」

「僕も行きます!」

 サイラスは破れた上着をはおり、出かける準備をする。

「おい、大丈夫か?」

 アシェルの言葉に、サイラスは笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、丈夫なのが僕の取り柄ですから」

「そうか。じゃあ、頼んだ。リエソンもな」

「はい」

「そうだな、俺はレリーザを取り調べなきゃな」

 たぶん今、自分は渋い顔をしているだろう。

 アシェルは表情を手で隠そうと、じゃまな前髪をかきあげるふりをした。

「女性とニ人でおしゃべりなんて、聞き込みより楽だね」

 ミドウィンがちゃかした。

「はは、隊長特権さ」

「それじゃ、行ってきま~す!」

 サイラスとファーラは部屋を出ていった。

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