第19話 再び星見の坂

 星見の坂は、森の近くにある少し急な坂だ。

 晴れた夜に坂の下から見上げると、星空に続いているように見えるのがその由来。冬には恋人たちのデートスポットになっている。

 だが、今はまだその時期でも時間ではなく、アシェル達三人のほかは、落ち葉をガサガサさせながら現場を調べるハーミットたちがいるだけだ。

「都の隊員のウェイナー、クヴェス両名は今治療院に入院中だ。意識不明で話を聞くことはできない」

 遺体の傍(かたわ)らに立ったミドウィンが淡々と述べた。

 道の端にある茂みのそば、仰向けにジェロイが倒れている。黒味がかった血痕が、体とその下の地面まで染めていた。

 ミドウィンは、ジェロイのシャツをまくりあげた。痩せた体があらわになる。心臓のあたりに、生々しい裂け目がある。血が抜けたからか、もとからなのか、血塗られていない所の皮膚は真っ白だ。

 捕まえた相手とはいえ、見知った顔が死体になっているのはあまりいい気分ではない。

 傷が痛そうなのか、同じ事を考えているのか、サイラスが顔をしかめた。

 ファーラは、ただ傷を眺めている。

「ふむ。どうやら胸の一撃が致命傷のようだ。それに、この傷口からわかったんだが、犯人はただ者じゃない。玄人(くろうと)だ」

 ミドウィンは顎(あご)で傷を指したが、仮面のくちばしで指したようにみせた。

「犯人は、地面に水平に刃を構えている。おかげで肋骨を避けてみごとに心臓をとらえている」

「どうして……」

 サイラスはうめくように言った。

 傷口という、目に見える形で現れた殺意に恐怖を感じているようだった。

「ジェロイさんは見るからに小悪党って感じでした。まさか護送されるところを襲ってまで殺されるほど、悪い人とは思えない」

「褒めているのか、さりげなくけなしてるのかわからないな」

 アシェルはつい突っ込みを入れた。

「それにこのギザギザの刃の形。フレアリングの盗賊が使う刃物だよ」

 死体から抜き取られていた短剣を目の前にかざし、ミドウィンが言う。

 たしかに大振りのナイフは、歯が肉用のナイフのように刻みがついている。

「輝光砂といい、この刃といい、今回の事件は相当フレアリングと縁がありますね」

「お話中失礼します。少し道を開けてください」

 仮面の男たちがタンカを運んできた。力のない人形のように、ジェロイがそれに乗せられる。

 遺体が持ち上げられたとき、ミドウィンが「おや」と声をあげた。

「ちょっと待って」

「どうしましたか?」

 タンカを持ち上げたまま、ハーミットが足を止める。

「ほら、ここ」

 あばらの浮いた横腹に、茶色いシミが浮かび上がっている。

「このシミは、ウォルトルトの町の風土病に違いない。高熱が出て、体に斑点ができる。熱が下がっても、その斑点はアザとして残ってしまうんだよ」

「風土病って?」

 サイラスがアシェルに聞いた。

「その土地だけの病気ってことだ。つまり、ジェロイはウォルトルトの町に住んだことがあるってことだな」

「うん。でも、古い痕(あと)だから事件とは直接関係ないと思うけどね」

 ミドウィンが言った。

「アシェル」

 いつの間にか少し離れた地面を調べていたファーラが声をかけてきた。

「何かしら、この跡」

 ファーラが指した所には、四角を描くように、線状に地面がくぼんでいた。何か重い物が置かれた跡。

「屋台の跡みたいだな」

 この辺りの屋台は大体二種類に分けられる。

 店が買えない者が、店舗よりは安い屋台を買って許可をもらって出すもの。

 旅をしている者が、祭りや暖かくなったよい時期を見計らいやってきて、馬車の荷車を使って出すもの。

 どちらにしても、あまり人の通らないこの時期、ここで店を張るのは少し不自然だ。

「ああ。そういえば、ディウィンさんが言ってました。少し前、ここにスープの屋台があったって」

 サイラスが言った。

「ミドウィン、念のためにここの地面を調べてみてくれ。輝光砂があるか」

「もちろんその準備はできているよ。僕は同じ失敗を二度としないよう日々心がけているんだ」

 ミドウィンは馬車に戻ってしばらくごそごそすると、暗幕を持ってきた。

 ちょうど他の場所を調べ終わり、戻ってきたハーミットがミドウィンの指示に従い地面の跡を布で覆う。

 ミドウィンは頭を布に突っ込んだ。そして「あああ!」と声を上げる。

「光っている。輝光砂が残っているよ!」

 アシェルも、地面に這いつくばるようにして暗闇の中を確認した。

 目を凝らさないと見えないほどか弱いが、たしかに闇の中で白い光がパチパチと弾けている。

(これで、ラクストの殺害現場と、星見の坂のこの屋台、両方から輝光砂が出てきたことになる。でもなんでこの二カ所で? どこかで共通点があるのか?)

 何にせよ、輝光砂はめずらしいものだ。少なくとも、ラクスト殺しとこの屋台は何かしら関係があると考えていいだろう。

「あ、僕にも見せてくださいよ! 一度も見たことないんですから!」

 サイラスが騒ぎ、アシェルは場所を変わってあげた。

「わあ、きれいだなあ~!」

 と無邪気に驚いた後で、サイラスが布ごしに続ける。

「でもファーラさんと一階組の調べだと、最近、フレアリングからアスターの街に渡ってきた人はいないんですよね。じゃあ、なんでフレアリングの土がはるばるこんな所まで運ばれてきたのでしょう」

「それだよな。……待てよ、まさか」

 そこでアシェルは顔をこわばらせた。

「サイラス、ディウィンは前にここの屋台でスープを飲んだ後、眠ってしまったと言っていたよな。それで、そのあとすぐに屋台はなくなった、と」

「ああ、そうです。寄り道のせいで配達に遅刻したっておかみさんが怒っていました」

 もそもそとサイラスは布から這い出す。

「しまった、荷物だ!」

 当然のことだが、送り主が直接配達先に降り立たなくても、リレー形式で荷物は運べる。

「フレアリングからやってきたのが、人間ではなく荷物だけだとしたら? それをアスターの街にいる協力者が受け取れば、人の出入国記録をつけられることはない。その荷物に付着した輝光砂が、地面にこぼれ落ちたんだとしたら?」

 サイラスはきょとんとしている。

「ええと、つまりフレアリングから運ばれた物がここにあったってこと?」

 アシェルがうなずく横で、ファーラは深く思案するように眉をしかめた。

「……じゃあ、当然ディウィンさんは眠らされたのよね? ここにあった屋台の食べ物で」

「ああ。そして、そのときディウィンが運んでいた荷物に何か細工をされたんだろう。例の、フレアリングから運ばれてきた何かを使って。そして、その細工された荷物についた輝光砂が、倉庫にしまわれるときにこぼれ落ちた」

 そして、その何らかの仕掛けをされた食べ物は、その後ディウィンの客に送られた。予告状の事を考えれば、ラクストのもとに行った可能性が高い。

「おい、ミドウィン!」

 勢いよく呼びかけられ、ミドウィンは「はいっ!」と飛び上がった。

「ケブダーの屋敷に運ばれた食材を調べてくれ。あと、ディウィンがここの屋台で飯を食った日に運んでいた荷物を重点的に」

「ええ! どんだけの量になると思ってるのさ!」

「お前だから頼めるんだ! お前にならできる! いや、むしろお前にしかできん!」

「なに、その露骨なヨイショ! 逆に腹たつんですけど!」

 それでもやってくれるらしく、「わかったよ! やればいいんでしょ!」とかなんとか言いながら、ミドウィンは足音荒く馬車に乗り込んでいった。

「さて、サイラス」

 アシェルはサイラスの方にむきなおった。

「『小鳥』と双頭の竜の紋章について、調べてみてくれ。確か、一階組のリエソンの手が空いているはずだ。馬を貸してやるから、ハイプリエスティスの塔へ行け」

 ストレングス部隊が携わった事件は、全て記録が作られ都に送られる。

 しかし、その資料を閲覧するために、地方のストレングス部隊がわざわざ都に行くのは大変だ。そのため各所に塔が建てられ、写しを取られた資料がそこに保管されている。

 その他にも、教会の出生簿なども収められているから、個人の情報をあさるのにもうってつけだ。

「は、はい!」

 肩にかけた帆布のカバンをしょいなおし、サイラスはわたわたと走り始めた。

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