第18話 年越し祭りの記憶と、ふいの知らせ

アシェルが葬儀から詰所に戻ってきたとき、もう日は暮れかけていた。

「ずいぶんと長い埋葬だったわね」

冗談と皮肉の両方をこめてファーラは言った。

「ああ、ちょっと被害者の師匠に会ってきた」

そこでアシェルはザナの庵(あばらや)行ってきたことを告げた。

「一応確認してきたが、ザナのアリバイは完璧だった。それに、棚にあった輝光砂のビンにはクモの巣が張っていた。奴が犯人とは考えづらいな」

話しながら、アシェルの自分の席につくと、足元に甘えてくるプーをなでた。

「なにも容疑者のもとに一人きりで行かなくても。誰かを呼んだ方が無難でしたわ」

少し咎(とが)めるような口調になる。

アシェルはたまに一人で無理をする。ファーラにはそれが気に入らなかった。なんだか自分が信頼されていないように思えてしまう。

「まあな。でも、誰かを呼びに行くにしても時間がかかるし、せっかく家に招かれたのに、ぐだぐだしている間に相手の気が変ったら大変だ」

確かに、『誰か呼んできます』ではこっちが警戒しているのがバレバレだ。それで機嫌を損ねたら、情報が得られにくくなってしまっただろう。

それでも危険を排除するために、なにか手を打つべきだった。

ふいに、グラスの触れ合う音とざわめきがファーラの頭に蘇った。


あれは何年前のことだったか。確か年越祭(としこしさい)のパーティーの時だ。『勇敢なる使者』亭を貸し切って、毎年恒例、手が空いて来られるものだけの宴の中でのこと。

一年を通して一番盛大な催しで、ファーラは赤い髪に合わせた赤いドレス、アシェルも宮廷風の衣装を身にまとっていた。

新年が甘く幸せな物になりますように、との願いを込め、この国の伝統通り、ケーキやタルト、クッキーなど甘い物がテーブルに並べられていた。その横で、珍しく酔ったアシェルが話してくれたことがある。

自分には、憧れていたストレングス部隊の隊員がいたと。

『何の用事だったか、子供の時、夜に母親に連れられて街のはずれを歩いていてさ』

アシェルの家なら、女子供が外を歩くなら必ず使用人がつくはずだ。それをアシェルと母親だけということは、そうとう急ぎの用があったのだろう。

『そこで追い剥ぎにあったんだよ』

まるで『そこで転んじゃったんだよ』とでも言うように、軽くアシェルは言った。けれど、話からしてかなり幼い時のことだ。そうとう恐怖を感じたのではないだろうか。

もっともアシェルのことだから、虚勢を張って、賊を睨みつけていたかも知れない。

『そこに、ストレングス部隊の人が一人、助けに駆け付けてくれてな』

幼いアシェルの目には、その人が英雄に見えただろう。

――その人に憧れてストレングス部隊になった――

ありふれたといえば実にありふれた理由だ。全隊員にアンケートを取ったら、二、三人似たような答えをする者がいるに違いない。

そこまでは。

『もっとも、そいつはそれから十何年か後に、幼女を三人殺したのが発覚して、処刑されたがな』

アシェルはハハッと乾いた笑い声を立てた。何かをごまかそうとするように、酒の入ったグラスをゆらす。

その事件はファーラももちろん知っていた。たしかその犯人はサヴァルといったか。

街を守るべきストレングス部隊の犯罪は、市民の反感を買った。それをなだめるため、そして隊員達に釘を刺すため、処刑は公開で行われた。広場に建てられた絞首台の周りは、さぞ賑わったことだろう。

ファーラはそれを見にはいかなかった。アシェルは見に行ったのだろうか?

それから誰かが話しかけてきて、話題は別の事に移っていったが、ファーラはアシェルの心の底にほんの少し触れた気がした。

普通そんなことがあったら、ストレングス部隊に対して失望するだろう。

英雄なんて夢物語で、部隊の人間も、他のどいつもこいつも根は悪人なんだと歪んだ現実主義者になってもおかしくない。

だがアシェルは違った。ストレングス部隊になったのがその証拠だ。彼は、自分の理想通りのストレングス部隊隊員を体現しようとしている。サヴァルにこうあって欲しかったと願った形に自分自身がなろうと。

ある意味それは質(たち)の悪いことかもしれなかった。永遠にたどり着けない目標を目指す、ということなのだから。


サイラスの歌声が聞こえてきて、ファーラは我に返った。

「アザミの中には誰がいる? スリナにアラシャ、それから私…… 隊長! ただいまもどりました!」

「お疲れ。というか、その歌ちょっと歌詞が違ってないか? たしか、出てくる女はリーヌとフィヴィアだと思ったが」

「ああ、やっぱり隊長もそっちの歌詞で覚えました? 僕、ケブダーさん所に行っていたんですけど、ルジーさんがこういうふうに歌っていたんです。ルジーさんはレリーザさんが歌ってたのを聞いて覚えたみたいだけど」

「へえ、ひょっとしたらそのレリーザって孤児院で育ったのかも知れないな」

「え? なんで?」

「リーヌとフィヴィアってのは歴史上の有名な娼婦だよ。どっちも一国の王を惑わせたっていう。まあ、その童謡はその本人を歌ったものじゃなくて、『それぐらい魅力的な女』ってぐらいの意味だろうが。そしてアザミというのは男性の貞操を表す」

「え、じゃあ、この歌の歌詞って……つまり、奥さんか恋人が、男の浮気相手にいなくなれって言っている内容ってこと?」

「そういうことだ。おそらく、レリーザにこの歌を教えた奴が、娼婦の名前じゃ教育に悪いからって名前を変えたんだろうよ。そこまで厳格なのは教会がやってる孤児院のシスターくらいしかないからな」

「はあ、なるほど」

「幼児期の成長における童謡の影響についての研究はともかく。サイラス、何かつかみましたの?」

「そうだ、聞いてくださいよ!」

サイラスはケブダーの家で聞き込んできたことを報告した。ジェロイがレリーザを脅していたこと、頼んだ食べ物が焼かれて一部届いていないこと、それから予告状のことを。

「ほら、これなんですけど……」

サイラスはルジーから預かってきたというカードをアシェルとファーラに見せた。双頭の竜に、『小鳥』文字があるカードを。

「いや、どう見ても小鳥じゃないだろう!」

「なんというか、ずいぶん前衛(ぜんえい)的な題名のつけ方ですわね」

とりあえずそれぞれ感想を言ったあとで、アシェルが顔色を変えた。

「これって、ケラス・オルニスのシンボルマークじゃないか? 首が多いのが気になるが……」

「でも、ケラス・オルニスは壊滅したはずでは」

 ファーラはカードをひっくり返す。『皆殺し』。随分と物騒だ。

「やっぱり、ケラス・オルニスを名乗る別モノですかね」

サイラスの疑問に、アシェルはうなずいた。

「たぶんな。あるいは、新しく結成された強盗団が、本家をリスペクトして似たシンボルマークを使うことにしたのか」

その言葉に、サイラスは不安で揺らめく大きな目をアシェルにむけた。

「なんにしても、危ないですよね? 今日、ルジーさんの誕生日なんですよ! 夜にパーティー開いてお客さんたくさん呼ぶって言ってました!」

「はあ?」

 アシェルの顔色が変わった。

「バカ、早くそれを言えよ! 何者かわからないが、パーティーを狙って何か仕掛るかもしれないだろう! おいプー!」

アシェルに呼ばれ、プーがシッポをぱたぱたさせた。

「臭いをたどれるか」

プーは、差し出されたカードに鼻を近づける。

そして唐辛子とコショウとマスタードを一緒くたに口に入れたような表情をした。

部屋の隅までダッシュで逃げ出し、ケッケとえづき始める。

「ちょ、大丈夫? プーちゃん!」

サイラスが慌ててかけつけると、「ぷうう」と情けない声をあげた。

「プーちゃん、そんな臭いのもう嗅ぎたくないって」

サイラスがプーの言葉を通訳する。

彼が本当にプーの鳴き声を理解しているかはともかく、プーの態度からしてまあ間違ってはいないだろう。

プーは臭いを洗い流そうとしているように、器の水を一口飲んだ。

「なにか、プーが苦手な臭いが染みついていたのかしら」

カードを手であおぐようにして、ファーラは臭いを確認してみる。

 ちなみに未知の物を嗅ぐときは、直接鼻を近づけないように手であおぐ、というのはミドウィンからの教えだ。

煙のような臭いがすることはするが、プーほど嗅覚がよくない人間の身では、何がそんなにプーを嫌がらせたのかよく分からなかった。

「ううむ。臭いをたどるのは無理か。地道に調べるしかないな」

そこでアシェルはもう一度カードに目を落とした。

「それにしても、この『小鳥』ってどういう意味だ? まさか、本当にタイトルってわけじゃないだろう。『皆殺し』はそのまんま脅しているんだろうが」

「まったくもう。ラクストさんが殺された犯人もまだ見つかってないのに、次から次へと」

 サイラスが大きくため息をついた。

「そういえば、フレアリングからこの街に来た人間を調べていたんですわよね。あれはどうなったんです?」

 ファーラの言葉に、アシェルは机の上に置かれた書類を渡す。

「結局いませんでしたわね。商用でも観光でも」

「そうなんだよ。一階組がへこんでた。苦労して帳簿調べたり聞き込んだりしたのに結果がでなかったってな」

アシェルがぼやいたときだった。

階段を駆け上る音がして、一階組のリエソンがノックもせずに飛び込んできた。

「ストーカーのジェロイが、星見の坂で殺されたそうです!」

 リエソンは切らした息で告げる。

「都から来たストレングス部隊の両名は、意識不明で教会の治療院に!」

「はあ?」

三人の声がきれいに重なった。

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