第7話 捜査会議
詰所の二階の窓からは、広がる街並みが見える。家々の煙突から、昼を作る煙が立ち上っていた。
サイラスとファーラもすでに詰所に戻ってきていた。プーはおもちゃ代わりの木の枝をあぐあぐと噛んで遊んでいる。
壁にかけられた黒板の前に立って、アシェルは言う。
「というわけで、お互いに得た情報を出し合おう。まずはサイラス」
「はーい!」
と元気に返事をして、サイラスは報告を始めた。
被害者はあまり人付き合いの良い方ではなかったこと、働き方に問題はなかったこと。それから、リストをもらってハーミットに渡したこと。
「あと、ディウィンさんは配達の日、星見の坂で昼寝しちゃったことがあるそうですよ~奥さんに怒られてました。いやあ、結婚って大変そうですね」
「いや、今いるか? その情報」
「あと、出されたお茶、とってもおいしかったです!」
「だから今いるのか? その情報……」
そこで、サイラスがふと思いついたように言った。
「そういえば、今食材ってどうなってるんですか? 倉庫の物を動かせなくて、ディウィンさんが困ってました」
「ん? もう立ち入り禁止は解けて、荷物はそれぞれの注文主の下へ行っているはずだ。一階組の報告によると、燃やされて届けられなくなった分は、ディウィンは今必死にかき集めているらしい」
「ふええ、ディウィンさんは大変だな~」
「そうそう。ハーミットに確認したら、燃やされた物に共通点はなかったそうだ。ちなみに、荷物が燃やされたのはラクストが殺された後らしい」
「ええと、それにどんな意味があるんです?」
サイラスの疑問に、アシェルは「さあな」と肩をすくめるしかなかった。情けないけれど、こっちが教えてほしいくらいだ。
「それでは私の番ですけど、まったく、朝っぱらから大変でしたわ。聞き込みの結果、ラクストにはフェリカという恋人がいるのがわかりました。さっそく家に行ったみたら、いきなり彼女がいなくなったって」
ふうっと溜息混じりに言う。
「プーに手伝ってもらって、教会で見つけましたわ。友人のメイドさんと一緒に」
「メイド? どこの?」
「ケブダーの所の。なんだか、メイドなのに柑橘(かんきつ)系の香水をつけてました。あそこの家は、あまり使用人の教育が行き届いていないようですわね。でも大騒ぎしたかいがあって、意外なことがわかりましたの」
ファーラは、被害者が恋人のフェリカと言い争っていたこと、そのフェリカがストーカーに付きまとわれていたことを告げた。
「ストーカーねえ」
「ええ。後をついてきたり、気味の悪い怪文書を送ったり」
「怪文書?」
「その中の一枚をもらってきましたわ」
ファーラは折りたたんだ紙をアシェルに渡した。
「どれどれ」
『おお、私の女神。輝くその瞳と唇を食べてしまいたい……』
「……」
アシェルは無言で、そっと紙をもと通りに折りたたんだ。
「隊長、なんか今、見なかったことにしましたね?」
「いや、なんだか見ちゃ、じゃないや、読んじゃいけないモノを読んだ気がした。ていうかなんだよあの壊滅的に気味と出来の悪い詩は! 韻くらい踏(ふ)めよ!」
「シロウトの作品に韻まで求めるのも酷な気がしますけど、内容がひどいのは同意しますわ」
とりあえず、容疑者がいきなり二人現れたな」
黒板に関係者の名前を書き加えながら、アシェルが言う。
「直前に痴話ゲンカをした、被害者の恋人フェリカ。フェリカの恋人である被害者に嫉妬したとすれば、そのストーカーにも動機があることになる」
「んー、話を聞いた感覚では、フェリカに後ろ暗いところは無さそうでしたけど……」
ファーラは教会でのことを思い返しているのか、ゆっくりと話し始める。
「フェリカは、ラクストからもらったペンダントを大切にしていましたわ。フレアリングの国で採れる、輝光砂っていう珍しい砂を使って作られたものだそうですけど。犯人だったら、自分が手にかけた者からもらった物なんて、ずっと持っていられないんじゃないかしら。恋人だったらなおさら」
もっとも、これは根拠も何もないただの推測ですけど、とファーラは付け加えた。
「そうか。……嫌な役をさせて悪かったな」
報告によると、ファーラはフェリカに愛する者が死んだことを告げたことになる。
それはあまり楽しくないはずだ。
「かまいませんわ。仕事ですから」
気にしないで、というようにファーラは微笑んだ。
「う~む、なんにせよそのストーカーに話を聞きたいなあ。殺人事件がなかったとしても、放っておくわけにはいかないし」
「でも隊長、そのストーカー、どこに住んでいるか分からないんでしょう? どうするんです?」
「あら、そんなこと簡単ですわ」
サイラスの言葉にファーラがそう答えると、意味ありげな視線をアシェルにむける。
「アシェルがフェリカとデートをすればいいのよ」
「へ?」
アシェルは思わずきょとんとする。サイラスも目を円くしていた。
「恋人が死んだと思ったら、さっそくフェリカが見ず知らずの男と仲良くしてるんですから、ストーカーが黙っているわけありませんわ」
サイラスがぽんと手を打った。
「ああ、なるほど! ちょっかいをかけてきた所を捕まえるんですね! おもしろそう!」
「ダーリン……そーゆー作戦を思いつくという事は、俺に嫉妬してくれないのですね……ていうかサイラスもおもしろがるんじゃない!」
ファーラは「あら、どうして私が嫉妬しないといけませんの?」とくすくすと笑った。
「でも、一般人を巻き込むわけには……」
「じゃあ、ほかに何か方法がありますの?」
「……」
「ないんですね、隊長」
「……うん」
サイラスの言葉に、アシェルは素直にうなずいた。
「まあ、その手を使うならフェリカの協力と承諾が必要だな。なんにせよ、準備しなければ」
「ぷー! ぷ!」
プーがサイラスの足元にまとわりつく。
「ああ、プーちゃんお腹減った? ちょっと待っててね」
そう言えば、朝からろくに水も飲まずに働き続けている。
「これで皆報告は終わったな。とにかく飯だ飯!」
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