第6話 ハーミットの研究所
ハーミットの研究所こと『ハーミットの巣』の実験室は、大きなテーブルがいくつも並んでいた。その上には、水晶の器やアルコールランプ、ビーカーなどが並んでいる。
ガラスが触れ合う音や、沸騰する音が途切れることなく響いていて、仮面姿の研究員が作業していた。かすかに、なんともいえない臭いがする。 部屋の隅では、小さな暖炉のようなものがあり、いつでも火が使えるように種火が燃えていた。空気は暖かいを通り越し汗ばむくらいだ。
仮面の男が一人、アシェルに近寄ってきた。
「あれ、副隊長は?」
仮面でくぐもっているが、声から知り合いのハーミット、ミドウィンだと分かった。
こげ茶の髪と、そばかすを持った青年なのだが、いつも仕事中マスクをしているので、あまり素顔を見たことがない。
「ファーラ? 今聞き込みに行ってるよ」
「なんだよ、あの美女を見るのが密かな楽しみなのに」
「残念だったな。で、何かわかったか?」
「まったく気が早いね、早朝に起きた事件の進捗(しんちょく)をもう聞きに来るなんて」
ミドウィンが、一枚の報告書を手渡した。
「お前こそ、朝一の鑑定をもうまとめるとは仕事が早いな」
アシェルはさっそく目を通し始めた。
「残念だけど、犯人の足跡は取れなかった」
どこかすまなそうにミドウィンが言う。
「いいって。あれだけ落ち葉だらけだったんだから仕方ない。倉庫の入り口も舗装されてたしな。それで、凶器のビンに指紋は?」
「今時そんなものを残すマヌケはいないって」
ミドウィンの言葉には苦笑いが含まれていた。
「犯罪モノの舞台をやるのも考えものだな。こっちの捜査の手口がばれる」
「『手口』ってアシェル、こっちの捜査は別に犯罪じゃないんだから。はい、これが燃やされた物の一覧だよ」
ミドウィンが今度は分厚い書類の束を渡してきた。
ぱらぱらと書類をめくる。
「えーと、『紙、ガラスの破片、肉と思われるもの、卵と思われるもの、チーズと思われる……』なんか『思われる』ばっかりだな」
「仕方ないだろう、黒焦げなんだから」
ミドウィンは、少しむっとしたようだが、すぐに気を取り直して続けた。
「サイラス君がディウィンの倉庫から借りて送ってきた、『物置にあるはずの物リスト』と、倉庫に今有るものとを重ね合わせてみたんだけど……」
「『あるはずの物リスト』って。なんだかずいぶんいい加減なリスト名だな」
「そう? 『現在倉庫にあると思われる保管物一覧』とかより親しみ安くていいと思うけど。とにかく、それによると燃やされた物は倉庫にあったものに間違いないね」
「依頼主の共通点は? 同じ店が頼んだ品物ばっかり焼かれていたとか」
「それはなかった。手あたり次第、というか死体の近場にあったものを適当に、っていった感じだね。そうそう、おもしろいことが分かったんだ」
今度渡された書類には、単純化された人の形が描かれていた。被害者が受けた傷の位置が塗りつぶされて示されている。その横の余白には被害者の身長や体重、年齢、傷の特徴などが書かれていた。
ミドウィンの手が、その中の一文を指さす。
「ほら、ここ読んでごらん」
「何? 被害者肺には、ほとんど煙の痕がなかった?」
「つまり、被害者が殺されてから、犯人だか誰だかが棚にあった食材を缶に入れて、強い酒をかけてファイヤー! ってわけ。ちょっとおかしくない? 人を殺しておいて、棚の物を無意味に焼いた? そんなことしてないでとっとと逃げればいいのに」
「おそらく、何かしら証拠隠滅したんだろうが……」
「正直、その証拠が紙とか布とかだったらお手上げ。すっかり燃えちゃってるからね」
ミドウィンが肩をすくめておどけてみせた。
「とりあえず、今のところはこんなものだね」
「分かった。もう倉庫の立ち入り禁止は解いていいだろう」
アシェルは報告書類をまとめ始める。
「もう帰るのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、これから皆の報告を聞かないといけないからな」
そろそろ、二人も戻ってくるはずだ。
なにか、有力な情報があるといいのだが。
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