第8話 『勇ましき使者』亭にて
詰所から一番近い定食屋、『勇ましき使者』亭は昼時なだけあって客が多かった。
一緒に食事をしたいグループごとにテーブルが一つ、などと上品な形式ではなく、いくつかある大きめのテーブルを、たくさんのイスがぐるりと囲んでいる。そのイスのほとんどがストレングス部隊の一階組や街の人々で、埋まっていた。
食器の触れあう音と話し声がにぎやかに響いている。
あたりには香草の香りと肉の焼ける香りが漂っていた。おかみのサガナと看板娘のラリヌが料理を乗せた盆を持って忙しく働いている。
アシェルが空いている席を探していると、この辺りでは珍しい顔を見つけた。
四十代半ばの、体格の良い男がどっかと椅子に座って、爪ウサギの定食を頬張っている。
相手もこっちに気が付いたらしく、軽く手を振った。イスの間を縫って、彼の隣にたどり着く。
「バドラじゃないか。十六番地区の隊長がなんでこんなところに」
普通、ストレングス部隊は担当地区以外で捜査をしたりはしない。
「おいおい、しっかりしてくれよ。連絡は入れたはずだぞ」
あいにく、バドラの周りの席は他の客で埋まっている。アシェルは同僚の横に立って話を続ける。
「あー、そういえば盗品が見つかったんだっけ? おまえの地区の質屋で」
今日のごたごたで忘れていたが、その売買ルートをたどるために、アシェル担当の十七番地区で操作をするかも、という断りの書類が来ていたような気がする。
公(おおやけ)の場所で捜査情報を話すことは避けるべきだが、周りの客はそれぞれの連れと話しに夢中だ。聞き耳を立てていう者はいない。
第一、このくらいなら聞かれても問題はない。
「で、なんか手掛かりはつかめたのか? こっちの許可がいる捜査するなら、一筆書くが」
バドラは少し驚いたようだった。
「おいおい、普通他の地区のやつに管轄(かんかつ)荒らされたら嫌がるもんだろ」
確かに、自分の地区で他のストレングス部隊が捜査するのを嫌がる隊長が多い。というかそれがほとんどだ。
年に二回ほど、全国のストレングス部隊は地区ごとに受け持った事件の件数と、その解決率が公表される。なんとなくそれが競争のようになってしまっているのが原因だ。
例えば十六番地区のバドラが、アシェルたち十七番地区隊員の助けを借りて事件を解決したとしても、それはバドラ達十六番地区の手柄となる。アシェルたちは労力を割(さ)いても点数にならない、というわけ。
アシェルはそれをくだらない骨惜しみだと思っていた。
「別に解決率競ったところで意味ないだろ。悪人が捕まってきちんと裁かれるならいくらでも協力するさ」
「他の地区の奴らも、それぐらい協力的だったらありがたいんだけどな。最近こっちはきな臭い話ばっかりだし、嫌なことばかりだ。ついさっきも犯罪者集団が潜伏しているとかいう情報があってな」
バドラは、爪ウサギの焼肉にかけられたソースの匂いのするため息をついた。
「お前のところは、治安が悪いからな」
「おいおい、なんだか俺たちが仕事してないみたいなこと言うなよ」
「というか犯罪者集団? なんだよそれ」
「なんでも、ケラス・オルニスが復活したんじゃないかって噂がな……」
ケラス・オルニス。住人を殺すこともためらわない強盗団。犯行の前に予告状というか、シンボルである王冠をかぶったドラゴンのマークを描いたカードを置いていくという大胆なやり口で話題になった。
変わっていたのは、奪った金目の物のいくつかを貧しい者に分け与えたということだ。襲った家族に死者を出さない、とかいうのならまた違ったのだろうが、皆殺しにするのでおもてだって賛美する者はいなかったが。
「おいおい、ケラス・オルニスは全員捕まって処刑されたはずだろ。生き残りがいるなんて聞いたことないぞ」
「俺も本気で信じちゃいないさ。ただ、誰もいないはずの空き家に不特定多数が出入りしてたとか、夜に明かりが灯ってたとかそういう通報がな」
「あー、そりゃ怪しいな」
「だが結局、調べてみたときには何もなかったな。人がいた気配があったから場所を移したか……」
「え? なんですか? 空き家に明かりとか、お化けの話?」
不安げな声にアシェルが振り向くと、いつの間にかサイラスがそばに立っていた。どうやら彼もここで食事をとることにしたらしい。
「違うよ、不審者が十六番地区で出入りしてたかもって話!」
「ああ、なんだ、そっか~」
サイラスは露骨にほっとしている。
サイラスは大人数(おおにんずう)相手の戦闘も怖がらないくせに、幽霊はからきしだめなのだ。『だって、幽霊って剣で斬れそうにないですよね? 襲いかかられたらどうしようもないじゃないですか!』とかなんとか、前に言っていた。
少し離れたところでイスが床を擦る音がした。誰かが席を立ったらしい。
「早く行かないと席が取られる。じゃあな」
サイラスとバトラを残し、アシェルは軽く片手を挙げてあいさつすると、空いている席にむかった。
残されたサイラスが、バドラに言う。
「バドラさんが十七番地区にいるなんて、珍しいですね。何か、お手伝いでもしましょうか?隊長に言えば、多分何人か手伝ってあげるように言ってくれると思いますけど」
その言葉に、バトラがくっくっ笑った。
「あの隊長にして、この隊員ありか。そこは「こっちの管轄荒らすな」だろうに」
「えー! ストレングス部隊は町を守るための物でしょう。変に張りあったり、足の引っ張り合いしたりはマツホンテントーだと思います」
「『本末転倒』な。なんでアシェルがお前みたいなお坊ちゃんをそばに置いているのか、分かったような気がするよ」
「ええっと、わからないから聞くんですけど、それ褒めてます? けなしてます?」
「褒めてるんだよ」
ニヤニヤしていたバドラは、不意に真剣な顔になった。
「あんまり、アシェルに無理させるなよ」
「無理?」
なんでいきなりそんなことを言い出したのかわからず、サイラスは小首を傾げた。
「ああ、何かわかるねえ」
代わりに答えたのは、おかみさんのサガナだった。エプロンをした、かっぷくのいいおばさんだ。
話しながら、食べ終わったバドラの食器をお盆に下げていく。
「隊長さんは、ちょっと気にかけすぎるところがあるから」
「気にかけすぎる?」
サイラスの言葉に、サガナはうなずいた。
「うん。なんていうか、人のことを自分のことみたいに考えすぎるっていうか。ほら、三年くらい前、船が沈んじゃったことがあったでしょう。覚えてる?」
サイラスとバドラはそろってうなずいた。
サガナの言うとおり、アスターの街にある港に向かっていた小型の貿易船が沈んだことがある。陸地が近かったこともあり、救助は素早く行われ、乗員乗客のほとんどが救助された。
が、真冬の事で、水の冷たさもあり、それでも数人が犠牲になった。
「それでね、ウチの地区のはずれに、黄色い建物があるでしょう」
この辺りの建物は、大抵レンガのような赤い色だ。
だからサイラスもバドラも、サガナが言っているのが港近くの小さなアパートだと分かった。
「その建物の前を通りかかったら、屋上に立って遠くを眺めている女の人がいたの。それがなんだかこう、目がウツロでね。なんだか不気味だな、って見てたんだけど。そしたら隊長さんが登って来てね。その時は私も急いでいたから、そのまま行っちゃったんだけど……あとで何をしていたのか、隊長さんに聞いてみたのよ」
「そしたら?」
サイラスが促(うなが)す。
「女の人は、その事故で無くなった船員の奥さんだったのね。それで、船が沈んだ夕方ごろに、夫が帰ってくるはずだった港の方を見ていたの。あの時、女の人の様子を見た隊長さんは、自殺するんじゃないかと思ったんですって。だから、様子を見に行っていたそうなの」
「え? そんなことが……僕、全然気づかなかった。言われてみれば、確かに夕方いなくなってた時期があったかも……」
「お前は隊長補佐だろ、しっかりしろよ、と言いたいところだけど、まあ、しゃーないか。サイラスも忙しいだろうし」
バドラがフォローを入れた。
「それから、自殺する心配がなくなったって思えるまで、同じ時間に毎日通ってたみたいよ。雨の日も雪の日も、どうしようもない仕事がない限りね。もっとも、自殺する気がなくなっても、その女の人が夕方に海を見つめる儀式は今も続いているみたいだけど。とにかく、そうやって、隊長さんはできるだけ担当地区の人たちを気にかけて、守ろうとしている」
サガナは最後の皿を盆にのせた。
「だから少し心配なのよね。できるかぎり目に留まる困ってる人、傷付いている人を助けようとしているみたいだから。無理しがちなのよね」
そう話を締めくくって、食器を運んでいった。
はあ、とため息をついたのはバドラだった。
「担当地区に何人住んでると思ってんだよ。一つ一つの事件をつぶして、ほかに苦しんでる人も助けたいってか。できないことをしようとしたら、そりゃ無理しがちになるわな」
「大丈夫ですよ! 僕も一生懸命がんばりますから! 力不足かも知れませんが!」
「頼もしいのか頼りないのか、よくわからない結論だな」
サイラスの言葉にそう首を振りながら、バドラは立ち上がった。長々と席が空くのを待っていたサイラスはようやく昼食にありつけそうだった。
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