テーアイ飛空012便墜落事件⑨:真相



○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 主任捜査官)の証言

「そのあと3回ほど音声記録を繰り返し、誰がいつ何を喋ったのか、はっきり表にすることが出来ました。


『……高度を上げろと叫んだのは、ハマダ殿の声ではありませんでした』

『ええ、私にもハマダ氏の声には聞こえませんでした。機首を上げたのは、機長たちの操縦ミスです』


 知人の最期を何度も聞かされ、ムラセ氏は打ちのめされたようでした。

 彼が一番エデ帝国人の声を聞き分けられるので、出来れば同席して頂きたかったのです。

 が、この作業の精神的負荷は相当なものです。実際、協力した後で精神を病んでしまった人もいます。


 なので断ることも可能ですし、そのことで発生する風評や社会的損害は全て連邦国憲法によって外国人であろうと保護されると説明しました。それほどつらいものなのです。


 しかしムラセ氏は断らず、最後までやり遂げました。私は彼を尊敬します。


『横転した状態の機体で機首を上げれば、完全に失速して制御不能になる。後は放り投げられた石のように、ただ落ちるしかない』


 そして私は会話の中で出てきた事柄について話し合いました。


『結局、ハマダ氏は何をしに操縦室に来たのでしょう?』

『分かりません。テーアイ飛空の株主と、ご公儀からの商人リストのことを口にされていましたが』

『機長達の反応もおかしい。あの慌てふためいた様子だと、ハマダ氏の言っていることに何かの心当たりがあるように思えます。機長達は何かを隠している。最初の方位360を目指していたこともそうだ』

『……セタ様が012便に持ち込んだ資料を調べます。ご公儀からの商人リストというのも、その中にあるはずです』


 青ざめてやつれた顔のまま、ムラセ氏は帝国へ連絡を取りに行きました。

 私は技術的な疑問について、セレネイドくんに尋ねました。


『機長達は失速に気付いていなかった。失速警報が鳴らなかったのは何故だ?』

『シーシアス号型の失速警報は迎え角センサーからの情報に依存してます。正しい迎え角センサーを操縦士が選択しない限り、失速警報も無効になります』

『結局、この事故で故障したのは迎え角センサーひとつだけか……』

『それなんですけど……』


 セレネイドくんが一枚の検査結果を差し出しました。


『これは?』

『比較表です、012便の迎え角センサーと、ブブルグ社製の純正品の迎え角センサーとの』

『純正品?』

『模造品です。非正規品だったんですよ、故障したセンサーは。しかもひどい品質の』


 そこには確かに、部品精度・強度ともに純正品の性能を大きく下回っていたことが書かれていました。

 しかし気になったのは、別の箇所です。


『………故障していない迎え角センサーも、模造品だったのか』


 驚いたことに、事故機の迎え角センサーは予備のチャーリーだけがブブルグ社の純正品で、アルファとブラボーは共に非正規品だったのです。


『エデ帝国飛空局の飛空艇安全基準は、連邦と同一のものを採用している。飛空に関わる重要部品に純正品以外を使用することは、重大な安全保障違反だ』

『あとですね……』

『分かりました、ヒョードー屋です』


 とセレネイドくんが言いかけたとき、ムラセ氏が戻ってきました。

 その手にはファクシミリ魔法により複製したいくつもの資料がありました。


『ご公儀から嫌疑が掛けられた商人リストの中に、ヒョードー屋の名前がありました。帝国の様々な藩国と取引する両替商です』

『ヒョードー屋? どこかで聞いた名前だ……』

『テーアイ飛空の筆頭株主です』

『……なるほど』


 私は調査室のホワイトボードに、これまでのことを書き纏めました。


『まずエデ帝国には犯罪組織があり、キシー藩国のセタ家老がその下部組織を駆逐した』


『犯罪組織は表向きはヒョードー屋を営み、テーアイ飛空の株主になっている』


『テーアイ飛空はセタ家老を乗せて飛び立ち、途中で意図的に北へ針路を変えた』


『これは何を意味するのか』


『――――――セタ様を、拉致しようとしていた?』


 ムラセ氏の言葉に、私は頷きました。

 他のメンバーも異を唱えませんでした。


『もし操縦士が犯罪組織の息が掛かっていたのなら、セタ家老を飛行機ごと誘拐するのは容易かったでしょう。マシントラブルだと言って別の空港に降りればいい。

 おそらくハマダ氏、いやセタ家老は出発直前に渡された帝国からの資料を機内で確認し、テーアイ飛空と犯罪組織の繋がりに気付いたのでしょう。だから操縦室にハマダ氏を差し向けた』

『……与太者どもがっ!!』


 ムラセ氏が激昂しました。

 普段は感情を抑えて公務に打ち込む彼らしくない振る舞いに、誰もが驚きました。


 しかし私は敢えて何も聞こえなかったように振る舞い、


『問題はこの事件が、今の我々の持つ証拠では単なる"操縦士のミス"で片付けられてしまうことです。組織犯罪が画策されていたことを証明できない限り、航空会社の起こしたヒューマンエラーとして処理せざるを得ません』


 テーアイ飛空ひとつを営業停止にしても、犯罪組織には大した痛手にはならないでしょう。

 事件解決のためには、彼らを検挙する必要があるのです。


『ヒョードー屋への改めは……』

『ヒョードー屋はエデ帝国の公安組織でも"怪しい商人"としてマークしているレベルなので、捜査する名目がありません。現状は、事故を起こした飛空会社の株主に過ぎないのですから』

『闇取引の現行犯でない限り、無理ですか……』


 ムラセ氏が落胆し、私も打つ手なしと諦めていたときです。


『ネタはありますよ』


 セレネイドくんが言ったのです。

 全員彼女へ振り向きました。


『深海作業ゴーレムチームに無理言って、回収した部品を研究所に送ってもらったんです。事故機のパーツ全部。純正品と比較しました。これがその結果です』


 セレネイドくんが指さしたのは、あの大量の箱でした。

 中は迎え角センサーと同様の、純正品との比較表だったのです。


『……全部調べたんですか? シーシアス号型の構成部品すべてを?』


 ムラセ氏が呆れたように聞きました。私も嘘だろ? と思っていましたが、確かに全てそうだったのです。

 セレネイドくんは隈の出来た顔で『私、ダークスターなんで』と不敵に笑い、


『検査の結果、事故機の構成部品のおよそ6割が模造品だと判明しました』

『6割、だと?』

『いっぺんに模造品に取り替えたとは思えません。古い機体です。頻繁にあっちこっち何かが壊れて、そのたびに模造品に取り替えていったんです。テーアイ飛空が保有する他の飛空艇でも、同じようなことをしてると思います』

『つまり、テーアイ飛空の部品保管庫は模造品だらけ?』

『その模造品を取引した業者がいるはずです。彼らに網を張れば……』

『……殿に報告します』


 ムラセ氏はすくっと立ち上がり、部屋を出て行こうとして振り返りました。


『ありがとうございました。この恩は忘れません』


 彼は深々とお辞儀をし、部屋を去りました」

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