テーアイ飛空012便墜落事件⑧:音声
○アキラ=ムラセ(エデ帝国 派遣調査官)の証言
「連邦の本土から戻ってきたセレネイド魔術師は、目の下に隈が出来ていて、大変そうな様子でした。
『大丈夫ですか?』
『東西方向にいったりきたりすると、時差がつらくて……』
そして彼女と一緒に戻ってきたガル・ゴーレムが、大量の資料を持ってセントラル空港の調査室へ運んできたのです。
『なんですか、これ?』
小柄なガル・ゴーレムより大きい箱が何個もあるのに驚き――それをガル・ゴーレムが軽々と持ち上げて運んでいるのは別の意味で驚きましたが――セレネイド魔術師に尋ねました。
『回収した012便の、比較結果です』
『比較? 何の?』
『正規品とのです』
そしてセレネイド魔術師は、012便の音声情報が入った再生装置を持ち込み、起動させました。
チームの全員が、息を殺してじっと耳をそばだてました。
《………セントラル・コントロール、テーアイ012、フライトレベル350》
『セントラルの飛空交通管理部との遣り取りだ』
バルタザーレ捜査官の補足通り、012便と管制官との遣り取りから始まりました。
《テーアイ012、方位080を維持。魔導灯台"ココア"の通過を報告せよ》
《セントラル・コントロール、テーアイ012、方位080を維持。魔導灯台"ココア"の通過を報告》
記録では、これが管制官との最後の会話でした。
その後が、我々の知らない領域です。
しばらくは特に会話がなかったのですが、やがて音声に変化がありました。
《おい、傾いてるぞ。北向きだ》
『停止』
バルタザーレ捜査官の指示で音声が一時止まり、我々は手持ちの資料をめくり直しました。
『これはいつのタイミングで入った声だ?』
『自動操縦が解除された、すぐ後ですね』
思わず息を呑みました。バルタザーレ捜査官も同じでした。
『操縦士は、北へ旋回し始めたことに気付いていたんだ……』
操縦士が自動操縦の解除に気付かなかったという説は、否定されました。
次の疑問は、なぜそれを放置したのかです。
『……続きを再生してくれ』
《本当だ。左に旋回してる。ゆっくりだが》
《戻すか?》
《いや、どうせそっちに行くんだ。方位が360になったらでいい》
《了解》
『停止……どうせそっちに行く? 360? なんのことだ?』
『飛行計画には、北に行く予定はありません。空港への進入も南からです』
『不一致警告には結局気付いてませんね』
『続きを聞いてみよう』
再生を続けました。
記録ではしばらくした後、傾きすぎて失速を始めるはずでした。
いったい機内で何が起きたのか、そのときを待ちました。
が、失速の時間になる前に、予想外の声が入ったのです。
《――――失礼する》
『っ?』
誰かの声です。
誰かが、操縦室に入ってきたのです。
しかもその声は、私には聞き覚えがありました。
《どうかしましたか?》
《いや、君たちは今の会社に長いのかね?》
《4年ほどになりますね。私も彼も》
《なるほど、どういう経緯で今の会社に?》
《訓練学校時代の教官の推薦ですよ》
『停止。誰だ? なぜ操縦室にいる?』
『………ハマダ殿です』
私の言葉に、全員の視線が集まりました。私は説明しました。
『ハマダ殿はセタ様の目付で、一番の側近です。何度も一緒に仕事をしました。実直な方で、運行中の操縦士に用もなく私語をしにいくような人物ではありません』
『つまり、何かの目的があって操縦席に来たのか。再生してくれ』
《君らは、自分の会社の株主を知っているかね?》
《なんですって?》
《株主だ。君たちの会社の筆頭株主》
《いいえ、あまりそういうのには詳しくないもので》
《自分の会社なのに?》
《私らは飛空艇が飛ばせればそれでいいんですよ》
《………我々は以前、ご公儀に上奏した。無頼の徒党は藩国をまたがって闇取引をするため、表向き通常の商人を装っている可能性があることを》
ハマダ殿の声の調子が、急に変わりました。
声の圧を上げたのです。
世間話のそれから、尋問のそれに。
操縦室から緊張感が一気に溢れ出たのを、音声でも感じ取れました。
《我々が藩国内で一掃した与太者どもは、帝国中に根を張る大悪党の下部組織にすぎなかったのだ》
《なんの話です? 操縦中なので、出来ればご退出願いたいのですが》
《この便を出る直前、疑わしき商人の一覧をご公儀から頂戴した。その商人の中に》
《申し訳ありませんがご退出下さいッ!!》
《テーアイ012、方位を修正せよ。方位120》
機長が叫んだ直後、管制官からの通話が入った。
《おい、方位が違う。なぜ北に向かっている?》
《ご退出下さいッ!》
《テーアイ012、魔導通信の感度を確認せよ!》
《なぜ通信に出ない、方位を戻せ、何をしているっ! 貴様らやはりっ!》
《ご退出下さいッ! ご退出下さいッ!》
《テーアイ012、応答せよ、応答せよ!》
操縦室は混乱の極みです。
機長と副操縦士は2人でハマダ殿の退出を叫び、管制官との通信も操縦も後回しでした。
特に操縦士2人の様子は、尋常ではありません。
そのときでした。
《"バンク・アングル、バンク・アングル、バンク・アングル"》
無機質な、竜人の発音に近い不気味な警告が、操縦室内に響きました。
チームの誰かが呟きました。
『傾き過ぎを報せる警告だ……』
しかしその警告も、操縦席の混乱に拍車を掛けただけでした。
《何をしているっ! 立て直せ!》
《ご退出下さいッ! ご退出下さいッ!》
《立て直せと言ってるんだ! 死にたいのか!!》
《ご退出下さいッ!》
カチッ、カチッという音がしました。
『……自動操縦スイッチを入れたんだ』
しかし警報は止まりません。
《自動操縦が効かない! 操縦ゴーレムが壊れてる!》
《高度が下がってくぞ!》
『迎え角センサーを選択してない。自動操縦にはならない』
《落ちるぞ! 落ちるぞ!》
《上げろ! 高度を上げろ! 上げろおッ!》
『……ここで、機首を引いたんだ。高度を上げたくて』
主警報装置は変わらず警告音をひっきりなしに掻き鳴らし、耳が痛いほどでした。
《"シンクレイト"》
警報が変わりました。降下速度が速すぎるのを報せてきますが、状況は変わりません。
ガシャガシャという断続的な、速度超過の警告音。
制御を失った機体は錐揉み状態で墜落していきます。
そしてついに、
《―――――"ウープ・ウープ・プルアップ"》
地面に近すぎる、危険だ、今すぐ機首を上げろ、という最上級の危険警報が鳴り出しました。
《"ウープ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ"》
《"ウープ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ"》
《"ウープ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ、ウープ ・ウープ・プルアップ"》
……そして、耳障りな、本能的に耳を背けたくなる破裂音が響き、全ての音が消えました。
それが、音声記録の全てでした」
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