テーアイ飛空012便墜落事件⑦:モモチ機長とテーアイ飛空



○ミリィ=セレネイド(カカナ連邦 事故調査チーム)の証言

「セントラル島から本土にすぐトンボ返りしなければならなくなりましたが、その前に、残骸を回収してくれてる深海作業ゴーレムチームにお願いをしたんですね。


『迎え角センサーを見つけたら、すぐ研究所まで送って下さい。そう、ホーミーのスターゲイザー研究所に。よろしく』


 その後に飛空艇の中で仮眠して、首都にあるブブルグ社の本社へ行き、そこでシーシアス号型の自動操縦について話を聞きました。


『……つまり、2つの迎え角センサーの値が異なると、自動操縦は解除される?』


 ブブルグ社の設計技師は私の疑問に答えてくれました。


『そうです。異なる迎え角のうち、どちらが正しいのか操縦ゴーレムは判断できないからです』

『自動操縦にまた戻す方法は?』

『操縦席に不一致警告が出ます。それを操縦士が確認し、選択ノブを使って2つの迎え角のどちらかを選びます。すると選択した迎え角をもとに、操縦ゴーレムが再び操縦できるようになります』

『操縦士はどうやって、どちらが正常な迎え角なのか判断するんです?』

『予備の迎え角センサーがあります。普段は休眠していますが、不一致警告が出ると活性化し、迎え角を調べて操縦席に表示します』

『……3番目の迎え角センサーが?』


 ちょっと驚きました。

 事故機には迎え角センサーが予備を含めて3つあり、最終的には3種類の迎え角の情報を取得できたんです。

 センサー1つの数値が狂っても、残り2つのセンサーの数値が揃っていれば、そちらが正しい迎え角だと操縦士が判断できる仕組みです。


『でも黒箱には迎え角のデータは2つしか記録されていませんでしたけど?』

『古いモデルだと、予備センサーのデータは黒箱に接続されていないんです』


 それ黒箱の意味なくない? と言い出したい気持ちでいっぱいでしたが、我慢して聴取を続けました。


『センサーが揃わなくなったときの対処法は、運用規定には?』

『ありますよ、ほら』


 出された運用規定、いわゆる飛空艇の取扱説明書の異常発生時のページに、確かにセンサー系が不一致のときの手順が書いてありました。


『ただ……』


 と、その技師は表情を曇らせて言いました。


『ただ?』

『実はシーシアス号、つまり最初に建造した1号機には、自動操縦が解除されることを報せる仕組みがありませんでした』

『え?』

『当時の不具合です。操縦ゴーレムが対処できず自動操縦を勝手に解除することは、シーシアス号をもとに量産してから初めて報告されました』

『対応は?』

『操縦ゴーレムを新型にしました。自動操縦が解除された場合に通知音を出すモデルです。各国の飛空局や飛空会社にも通達し、新型と交換しました。説明会も開きました』

『なるほど……』


 私は急いでセントラル島の深海作業ゴーレムチームに連絡を取って、追加のお願いをしました。

 操縦ゴーレムも研究所に送って下さい、って。

 そしたら『もう全部送りましょうか!?』ってすっごい声で返されました。あとでバーボン(竜人文明の文献にも記されている由緒正しい高級酒)を奢ってあげました」





○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 主任捜査官)の証言

「012便の機長と副操縦士について、ムラセ氏は資料を調達してくれました。

 まずは帝国飛空局に保管されていた、シーシアス号型の操縦資格証明書を調査室で調べました。

 何が出てくるかな、と思って読んでいると、思わず『なんだこれは』と口にしてしまいました。


『資格証明書に、証明者の署名がない……』

『なんですって?』


 ムラセ氏も驚いて資料をめくりましたが、やはり、操縦資格を証明する者の署名がありませんでした。機長も副操縦士も、そのどちらも。

 つまり彼らは、シーシアス号型を操縦する正式な資格を持っていなかったのです。


『必要書類も足りていない。訓練実施者の欄も空欄だ。なぜこれで通った?』


 こうなってくると、操縦士の資格そのものが怪しくなります。


『……飛空訓練学校に連絡してみます』


 ムラセ氏はタニハ=モモチ機長が操縦士資格を得た学校へ、機長の訓練について問い合わせてくれました。

 が、これはひどく時間が掛かりました。小一時間の後、やっと調査室に戻ってきたムラセ氏はかなり苦い顔で、


『モモチ機長が卒業したアイリーン飛空訓練学校は、閉鎖されていました』

『閉鎖? 理由は?』

『経営難です』


 当時のエデ帝国には小規模な私立の飛空訓練学校が林林総総とあって、経済的事情で閉鎖されることも珍しくありませんでした。訓練記録などの資料も訓練学校が管理するので、閉鎖に伴い喪失したそうです。


『すると、これ以上の調査は不可能と?』

『いえ、なんとか当時、モモチ機長の訓練教官だった人物の身柄を確保しました。それによると、その……』


 ムラセ氏は一瞬だけ言い淀みましたが、意を決して教えてくれました。


『その教官は、訓練学校内で賄賂が横行していたことを認めました。教官たちへの給与の支払いはたびたび滞り、彼らは訓練に合格する技能を持っている生徒にも不合格にすると脅して金銭をせびり、逆に不合格のはずの生徒から金を貰い成績を改竄していました』

『では、その卒業成績を金で買った生徒の中に、モモチ機長が?』


 ムラセ氏は頷きました。


 ……彼のそのときの顔は、憤怒と慚愧が入り交じった、やるせないものでした。

 祖国の杜撰さをこれでもかと開示したわけですからね。気の毒にも、他国の国家機関の前で。心中は察するに余りあります。


 私は彼を気遣い、別のことを調べ始めました。


『彼らを雇ったテーアイ飛行は、どういう会社なんだ?』


 テーアイ飛行は、帝国直轄領セイセイにある小さな飛行会社です。

 ムラセ氏が集めてくれたテーアイ飛行の資料は、どれもクリーンなものでした。


『運営資格は正式なものだ。こちらは逆に特に不備はなし。主にビジネス用のチャーター便を飛ばしている。株主はヒョードー屋。事故の記録もなし。経営状況も、とびきり儲けてはいないが困窮しているわけでもない。保有機材は古いものが多いが、至って普通の飛空会社だ』


 ……そんな調査をしていると、本土にいるセレネイドくんから連絡がありました。


『何か分かったらしいな』


 そのとき彼女はブブルグ社ではなく、ホーミーのスターゲイザー研究所にいました。現場から発見された迎え角センサーと操縦ゴーレムを検査していたのです。


『間違いないです。迎え角センサーはアルファが故障してました。他の迎え角センサー、ブラボーと予備のチャーリーは検査でも正常に稼働しました』

『アルファのセンサーは墜落前に壊れたのか? 墜落の衝撃で壊れたわけじゃないのか?』

『故障の原因は、内部のパーツの経年劣化です。衝撃で一気に壊れたんじゃなくて、ゆっくり時間をかけて歪んでいって、事故のあの日あのときに破損したんです』

『どうしてそれが分かるんだ?』

『破損した断面を、師匠のところの解析装置の眼で視ました。一気に壊れた場合とゆっくり壊れた場合は、断面にそれぞれ特徴が出ます。アルファの壊れ方は典型的な金属疲労でした』


 多くの人は、石や金属は人間と違って疲れたり変わったりしないと思っていますが、それは正しくありません。

 神代の折、怒りの神ディーコクーテンはこの世の生命と非生命に呪いをかけました。老いの呪いです。

 どのような名剣もいずれは錆びて朽ちます。使えば使うほど疲労は溜まります。

 金属で出来た飛空艇も、例外ではありません。


『なるほどな。これで黒箱の情報の裏付けは出来たわけだ。操縦ゴーレムの方は?』

『こっちも検査と実働テストをしました。正常です。ただ、古い初期モデルでした。自動操縦の解除を報せてくれません』

『操縦ゴーレムを新型に交換しなかったのか……』

『あと、ブブルグ社で根掘り葉掘りシーシアス号について調べたんですが、操縦席のデザインも良くないことが分かりました』

『どういうことだ?』

『不一致警告の表示が確かに操縦席に出るんですが、えらい小さいんです。他の表示情報の隙間になんとか無理矢理ねじ込んだみたいな感じで、初見だと見落とす可能性が高いです』

『……なるほど』


 まともに訓練されていない操縦士と、不親切な機体、古い操縦ゴーレム。

 事件の全貌を紐解くピースが揃っていった瞬間でした。


『だが肝心の謎はまだ分かっていない。自動操縦が解除された理由は分かったが、そもそも左に傾いていったのをなぜ操縦士は修正しなかった? 手動で水平にすればいいだけの話だろう?』


 そう、我々はまだあのとき飛空艇の中で何があったのか、掴めずにいたのです。


 すると通信魔導器の向こうで、セレネイドくんが『ご心配なく』と不敵に笑いました。


『ガルの運んだ黒箱が、解析できました。飛空艇の中の会話を記録した、CVRです』


 最後のピースが、ついに揃ったのです」

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