テーアイ飛空012便墜落事件⑥:飛空情報の解析と謎



○ミリィ=セレネイド(カカナ連邦 事故調査チーム)の証言

「師匠の研究所は、ホーミー第51区にあります。

 昔は何もない荒野だったんですけど、竜人文明の大規模な遺跡が見つかって、それ以来連邦一の研究都市になりました。私が修行したのもここですから、ちょっと懐かしかったですね。

 スターゲイザー研究所に黒箱を持ち込んで、所長の師匠に会いました。


 師匠、ダークスターことケイン=デュグラーディーは相変わらずセンスのおかしい仮面とセンスの古いマントで私を迎えてくれて、


『持ってこられたのはFDRだけか』

『最初に見つけた1個がFDRだったんですよ。ガルを現場に残したから、またすぐCVRも来ると思いますよ』

『悪いな、ガルしか手が空いていなかった』

『いやあ、現場の残骸をマッピングした感じだと、ガルがいればもう充分って感じでした。深海作業用ゴーレムも来るから、とりあえず目処が立ってるんですよ、回収作業だけならね』

『目処が立っていないのは、原因の特定か』

『だから師匠を頼って来たんですって。どうです? 壊れちゃってますかね?』

『5000Gを受けて塵芥となったものを見たこともある。それに比べれば、最悪でも単に壊れただけだ』

『無に比べられちゃったらなぁ』


 師匠のいるスターゲイザー研究所は、世界初の魔導衛星ダークスターを打ち上げた、世界最先端の竜人文明研究所です。世界中の魔導の頂点です。ここでなら絶対に黒箱を解析できます。

 中身があれば。


『ただ師匠、こっちに来る前、エデの方で機体の整備記録を調べたらしいんですね。そしたら過去に何度か交換したことがあるらしいんですよ、黒箱を、壊れたからって』

『ほう』

『そもそも中身がないかもしれません。ちゃんと機能してないかも』

『ちゃんと中身があっても、何も分からないこともある』


 師匠の解析装置が唸りを上げてどんどん起動していって、各種ゴーレムが忙しなく働き始めて、それはもうワクワクする無敵感でした。魔導の要塞が私の味方なんですから。


『何者も追いつけず、誰も見守れぬ場所を彼らはゆく。闇の中を。だから我らダークスターがある』


 師匠はちゃっちゃと解析の準備をしながら、私に言いました。


『ダークスターは闇の星。決して目にすることの出来ない星』

『けれどそれはそこにある。見えなくても探せる星。闇の中でも星はある、でしょ?』


 奇天烈な仮面の下で、師匠が笑ってました。


『では、術式を開始する』」





○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 主任捜査官)の証言

「『そうか、解析できたか。良かった、ご苦労』


 ホーミーにいるセレネイドくんから、黒箱の解析が無事に終わったことを聞かされ、安堵しました。


『こちらも収穫があった。ガルくんが2個目の黒箱を見つけた。CVRだ。損傷の程度は同じくらいだ。ちょうどガルくんにホーミーまで届けてもらいに行ったところだ』

『じゃあ私はガルをホーミーで待ってます?』

『いや、少しでも早く解析結果が見たい。入れ違いになるが、セレネイドくんはFDRのデータをセントラルに持ってきてくれ。証拠品がある場所で検証したい』

『了解』


 そういうわけで、直行便で戻ってきたセレネイドくんからFDRのデータを受け取り、チームの全員でそれを見ました。


『……機首方位は、確かに途中までは飛行計画通り東だった』


 そこで初めて012便の状況が分かったのです。


『が、途中でどんどん左旋回して北へ向かっていったようだな』

『でも操縦桿を傾けたわけじゃないですね。その間、操縦席からは何も操作されてません』

『自動操縦か』


 飛空艇の操縦は、離着陸のときはともかく、巡航中は方向と高度と水平を維持するという単純作業です。

 なのでそれらを自律して行える操縦ゴーレムが導入され、操縦士の負担は大きく減りました。最近の飛空艇では着陸さえゴーレムの自動操作で行えます。

 012便も自動操縦で巡航していたと思ったのですが、


『いえ、自動操縦ではないです』

『なに?』

『途中までは自動操縦でした。けど、途中で解除されてます』

『途中と言うと?』

『ここです』


 大型のプロジェクターに映し出されたデータに、セレネイドくんが指で示したんです。

 自動操縦が有効になっていることを表す値が、確かに途中で無効を表していました。


『……自動操縦の解除と同じタイミングで、左旋回を始めた?』

『でも操縦桿への入力を示すデータに変化はないです。操縦してないんです。勝手に左翼が沈んで右翼が上がるローリングを起こしてます』

『なるほど、それがこの機体の"癖"か』


 飛空艇は、建造当時は真っ直ぐ飛ぶよう出来ていますが、古くなればなるほどそれが歪んでいきます。勝手に横に行ったり、上がったり下がったり。

 それが飛空艇固有の癖です。


『普段は内蔵された操縦ゴーレムが自動で補正してくれるが、自動操縦が解除されたことで延々と傾き続けたのか。傾きはどんどんひどくなっていくな』

『ええ。しかも傾きすぎて失速状態になるまで、やっぱり何も操作されてません』


 風の神フーテンが創造神ボンテーンより与えられた法理によれば、風の精霊のもたらす空中浮力は速度に依存します。

 ある程度の速度を出さないと空中に浮かんでいられないのですが、機体を横に傾けたり、あるいは機首を上げたりすると、この必要速力が増大します。

 そして必要速力を下回り、空中浮力が消失した状態が、失速です。


 つまり飛空艇の速度を上げていないのに横に傾けると、失速に陥りやすくなるわけです。


『操縦士は、自動操縦の解除に気付かなかったのでしょうか?』


 ムラセ氏が当然の疑問を口にしますが、応えられるものはいません。


『とにかく飛空艇は左翼が沈んで右翼が上がる状態になって、最終的に横転しました。スロットルも操作されてないので、当然失速します。機体は横倒しのまま頭から落ち始めました』

『必要速力を下回ったわけだ』

『で、ここでやっと操作が行われました』

『ほう?』

『操縦士は機首上げをしました』

『……機首上げ?』


 セレネイドくんの解説に、誰もが眉をひそめました。


『失速状態になったのに、水平に戻すとか機首を下げるとかではなく、機首上げをした?』

『データではそうなってます』

『何故だ? 必要速度が足りていないのだから、正しい姿勢で機首を下げて速度を稼げばいい。高度の余裕もある。失速回復の基本のはずだ』

『私に言われても……』

『自動操縦では、失速から回復できないのですか?』


 ムラセ氏からの質問に、セレネイドくんは助かったという顔で応えました(あのときの私のあれは良くなかったと今は反省しています、と彼は苦笑)


『たぶん回復できたと思います。実際に失速に陥った直後、012便の操縦士は自動操縦のスイッチを入れました。けど自動操縦は有効になりませんでした』

『なぜ?』

『さあ。ただ、実は自動操縦が解除されて、勝手に旋回し始めたのと同じタイミングで、おかしな変化をしてるものがあったんです』

『おかしな変化?』

『迎え角センサーです』


 飛空艇は横の傾きだけでなく、縦の傾き、つまり機首の上げ下げでも必要速度が変動します。

 それを見張るため、飛空艇がどれだけ機首の上げ下げをしているのか感知するのが、迎え角センサーです。


『迎え角センサーはアルファとブラボーの2つあるんですが、例のタイミングで別々の迎え角を示し始めたんです』

『これは……アルファの値が変動しなくなっているのか。ブラボーはそれまで通り小刻みに変動しているのに。迎え角センサーが故障を?』

『たぶん。それがどう自動操縦に影響したのかは、メーカーに聞かないと分かんないですけど』

『これ、操縦士は故障に気付いていなかったのでしょうか?』

『なんとも言えないですねー。失速時の手順もかなり怪しかったですし』


 ムラセ氏へ肩をすくめるセレネイドくんに、私は依頼しました。


『すぐに製造元のブブルグ社へ行って、迎え角センサーが故障したときの動きを調べてみてくれ。私とムラセ氏は、この操縦士たちのことを調べる。ムラセ氏、構いませんね?』

『勿論です。本国に連絡し早急に調査させます』


 調査の焦点は、2つに絞られました。

 機体のことと、操縦士のことです。

 カカナとエデのそれぞれで、調査が始まりました

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