テーアイ飛空012便墜落事件⑤:黒箱


○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 主任捜査官)の証言

「管制の記録から、012便の墜落と空中分解はほぼ確実になりました。

 そこで我々は黒箱、竜人語で言うところのブラックボックスの捜索に集中したのです。


 黒箱は飛空艇の飛行情報を記録したものと、操縦席の音声が記録されたものの2つがあります。

 竜人はそれぞれをエフディーアール、シーブイアールと呼んでいたようです(と彼はFDR、CVRという竜人文字をメモ帳に書き示す)


 この2つの黒箱はかなり小型のものを除けば全ての飛空艇に搭載が義務付けられています。

 また海に沈んだ場合、水中用の誘導魔法を30日間連続展開します。黒箱から3キロメートルまで近付けば、海の中でも必ず探知できるのです」





○アキラ=ムラセ(エデ帝国 派遣調査官)の証言

「セントラル島沖での捜索に、事故調査チームも参加しました。

 セレネイド魔術師が言うには、012便は高速で真下に落下していたので、失探した場所からそう離れていないだろうとのことです。

 ただ問題は水深で、予想される海域の深さは2000メートル近くありました。


 黒箱が水中用の誘導魔法を使っているとは言え、深さのため感知しづらく、事故から2日経ちましたが接触できていませんでした。

 墜落したと思しき海域を巡視船でゆっくり進み、セレネイド魔術師が耳となって、黒箱からの誘導魔法を聞き分けました。

 とても根気の要る仕事でした。

 あるポイントに行き、船を止め、魔法を聞く。余計な干渉を避けるため、船員は出来るだけじっとしています。何が邪魔になるか分からないので、相当な緊張感でした。しばらくして何も探知できないと判断されたら、また別のポイントへ。それを繰り返します。


 正直、かなりの焦りと不安がありました。

 事前に黒箱は水深6000メートルでも壊れないように出来ていると説明を受けましたから、探し続ければ必ず見つかると思っていました。もしそれを知らなければ、徒労を強いられているのではと更に不安になったでしょう。


 そして夕暮れ近くになり、あとどれだけ捜索できるかを検討しようとしたとき。

 汗だくになったセレネイド魔術師が不意に言ったのです。


『………見つけた』と」





○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 主任捜査官)の証言

「黒箱の位置は特定できました。

 が、まだ難問が残っていました。水深2000メートルという問題です。

 どれほど強固な保護魔法を重ねても生身では潜れず、専門の深海作業ゴーレムが必要になります。セントラル島にそのゴーレムはなく、本土へ要請する必要がありました。手配は既にしていましたが、実際に現場に来るのに一週間はかかるでしょう。


『では一週間、足止めですか?』


 とムラセ氏が落胆した顔で仰いました。

 するとセレネイドくんが


『ガル、お願い』


 と助手のガルくんに言って、ガルくんは『了解』と返して飛び込んだんですね。

 海に。どぼんと。


 ムラセ氏は慌ててしまいました。自分の不用意な発言で何かしでかしてしまったのかと思われたのですね。私は彼の肩に手を置いて、


『お気になさらず。ガルくんは深度2000程度では壊れません』

『あの子は、いったい…?』

『あれはゴーレムなのです』

『ゴーレム? 信じられない、人間にしか見えなかった』

『大魔術師ダークスターが保有する5体のスーパーゴーレムのひとつです。エンジンその他の残骸は手配した深海作業ゴーレムに引き上げてもらうにしても、黒箱は可能な限り速やかに回収する必要があると判断し、ダークスターに協力を依頼していたのです』


 ガルくんは有線式の水中用カメラを持って潜ったので、リアルタイムで海中の様子が分かりました。照明魔法で海中を照らしながら、どんどん深く潜っていきます。

 海神スィーテンの呪いにより、人間が急な潜水や浮上をすると病に掛かります。しかしゴーレムは違います。自律動作可能な魔導人形は急速潜行ですぐに海底へ辿り着きました。


 ……残骸を、この目で実際に見たのはそのときが初めてでした。


 機体は完全に引き千切られ、散乱していました。木っ端微塵という感じで、伝説に出てくる巨人族が癇癪を起こして粉々にしたような状態でした。

 生存者はおろか遺体の痕跡さえ見つかりません。ムラセ氏がいたので口にはしませんでしたが、これほどの衝撃です、人体ではその原形を留めていないでしょう。


『――――ガル! ストップストップ!』


 ふとセレネイドくんが通信魔導器で叫びました。

 我々はぎょっとして彼女と画面を交互に見ました。


『ちょっとだけ左戻って……そう、そこ。そのまま照らして…………あった』


 その場の全員が、画面を凝視しました。

 確かに、砕けた機体の破片の中に、オレンジ色の物体があったのです。

 よく目立つ明るい色。間違いありませんでした。

 黒箱です。


 ……オレンジ色なのに黒箱という名前の理由ですか? 正直、分かりません。古代竜人たちもオレンジ色の装置なのにブラックボックスと呼んでいましたから、我々もそれを慣習的に引き継いでいるだけですね。


『ガル、回収おねがい。回収したら一度浮上して』

『2個目の黒箱の存在を確認できていません。浮上しますか?』

『まず1個を確実に回収したいからね。回収したら一度母船まで浮上』

『了解。回収後に母船まで浮上します』


 そうして、ガルくんが1個目の黒箱を抱えて浮上しました。

 我々は既に用意していた真水入りの回収ボックスに、そのオレンジ色の黒箱を入れました。

 気をつけるべきは、海の精霊は風の精霊と結びつくとあらゆるものを蝕む働きがあることです。黒箱に付着した海水に含まれる精霊のせいで、せっかくの重要証拠を台無しにされてはたまりません。

 そこで、清めた川の神の水を用いて海水を薄め、海の精霊の働きを弱めるのです。


『……ひどく押し潰されてるな』


 私は回収された黒箱を見て、眉をひそめました。

 本来は四角い箱だったオレンジの黒箱が、ぐしゃっと歪にへこんでいたのです。ムラセ氏も同じ表情でした。


『中の状態は、悪いかもしれない』

『直せますか?』

『損傷の程度によりますが………やはりあそこに送るしかありませんね』

『どこです?』

『竜人文明の第一人者のところです』


 私はセレネイドくんに言いました。


『ダークスターのラボに、これを届けてくれ』」

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