◇3-3:未熟を知る
数日が経ち、セシルに頼んでいた祈祷師の巡回を見に行ける日がやってきた。
「こんな服装でよかったかしら?」
姿見の前に立つと、若葉色のワンピースの上で生成色のエプロンを腰回りで結び、ざっくりと編み込んだストールを羽織った姿が映る。
(侍女が休日に出かけていく服を参考にしたから大丈夫だとは思うけど)
日取りの連絡があった際にセシルから言われた言葉を思い浮かべる。
――明日の昼、祈祷師が王都の治療院に巡回に行くことになったから見てくるといい。一部始終は見れなくても雰囲気は伝わるだろう。フレッドが負傷を装い、君はその付き添いで治療院を訪れている
本当なら前もって服装の確認をしたかったのだが、フレッドの部屋を訪ねるも不在であり、夕食後の時間であったことから再訪を断念したのだ。
化粧は顔色を整える程度で済ませているし、貴族はしないであろう服装と髪型でまとめているため、この姿でクロズリー伯爵令嬢だと分かる者はそうそういないだろう。
(まあ、ダメ出しされたら着替えればいいものね)
そうと決まれば善は急げだ。
フレッドに支度ができたことを伝えに行こうと扉を開けると、待ちくたびれたと言わんばかりの表情がそこにあった。
「貴族然とした格好だったらどうしようかと思ったんだが。まあ、及第点だな」
向かいの壁に寄りかかり腕を組んだまま話しだしたセシルに、眉を潜めたい衝動を抑えて微笑む。
口元が引きつっているのは多めに見てもらいたい。
「私を試していたのね?」
「悪者みたいに言うのはやめてくれないか。昨日は少し言葉足らずだったかと思って、こうして様子を見にきたんだ」
肩を竦めて申し訳なさそうに話すが、どうも本心とは思えない。初対面での悪印象がまだ燻っているのだろうか。
「わざわざ足を運んでいただいて感謝の言葉もないわ。おかしな所があれば直すけれど、どうかしら」
「まあ、小金のある家のお嬢さんくらいにはなってるんじゃないか」
(それって良いの? 悪いの?)
セシルの求めている基準が分からず、つい怪訝な顔をしてしまう。
そんなどちらかも分からない気持ちを察してか微かに口角を上げて鼻から笑うと、リディアの頭をポンと軽く叩いた。
「初めてのお忍びにしては上出来ってことだ」
言いたいことだけを言い残して去っていくセシルの背中を見送りながら、触れられた髪にそっと触れる。
心なしか熱を持っている気がして気恥ずかしい。
(褒められた……のは良かったけれど、なんだか納得がいかないわ)
結局何処がいけないのかは分からないままだった。
◇◇◇
「着ている服が真新しいことですかね」
――あと、姿勢や言葉遣い、ちょっとした仕草に気品を感じます。
そう付け加えて教えてくれたのはフレッドだ。
フレッドは王宮騎士団の服に加え、頭に包帯、頬に湿布、そして左腕を包帯で吊るという、なんとも痛々しい格好をしていた。会った時はそれが振りだということも忘れ、思わず大丈夫かと駆け寄ってしまったほどだ。
「確かに、どれも着たのは今日が初めてだわ。言葉遣いや仕草は……どれも今後の課題よね」
フレッドと街路を歩きながら、すれ違う人々と自分を見比べる。
服自体は少し質が良い程度の差だが、リディアの着ている服にはどれも生地に張りがあり、着古してないことが一目瞭然だ。どれか一着が真新しいのは良くあることだが、全て真新しいとなるとそれなりに裕福だと判断するのは当然かもしれない。
「それでも充分過ぎるほどです。副団長も内心では感心されていたと思います」
「そうかしら……」
今朝会った時のセシルの表情や態度を思い返しても、とても感心していたようには思えない。
「はい。あと、僕が言ってしまった手前こんなことを言うのもおかしいですが、言葉遣い等は変える必要はないと思います」
「あら、どうして?」
「誰もが自分よりも高貴な方を思い描きますから」
――祈祷師様に対して。
周囲を気にして、口に出されなかった言葉をフレッドの表情から読み取る。
「けれど、今日みたいな日には必要でしょう?」
「滅多な事がない限り必要ありません。私事で出かける際には少し見目に気を遣っていただく程度ですし」
数少ない祈祷師に会える者はごく僅かだ。
語り継がれる聖女や聖霊王のような雲の上の存在を思い浮かべる時、誰もが身分の高い者を元にするだろう。そのため、貴族としての教育を受けて育ってきたリディアはまさに祈祷師としての理想と言える。
完成された姿形にわざわざ不必要な要素を加えて歪ませる必要なんてない。
そう思ってのフレッドの言葉だった。
その考えを汲み取った上で、迷わずリディアは答えを出す。
「なら、やっぱり必要だわ」
リディアからの予想外の返答にフレッドの無表情が崩れ、困惑が覗く。
なぜ、今の会話の流れでその答えがでるのだろうか、貴族の思考回路はよくわからないと思いながらフレッドが疑問を口にしようか迷っていると、遠くで賑わっている人々の声が二人の耳に届いた。
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