◇3-1:幕開けを刻む
そうして現在、リディアは無事に拝命式を終え、魔導騎士団棟へとやってきた。
大聖堂のある宮殿から左側に伸びる外回廊を歩くと魔導騎士団棟、右側に伸びる外回廊を歩くと王宮騎士団棟である。
来賓室に通されると既に三名の若い騎士が立っており、胸に手を当てた騎士の礼で出迎えられる。促されるまま椅子に座ると、向かい合った魔導騎士団長と副団長が口火を切った。
「既に話は聞いていると思うが、私は魔導騎士団長のルイスだ。君が祈祷師としてここに来てくれたこと、心から歓迎する。ほかに祈祷師は二名いるが人手が足りなくて厳しい状況だったんだ」
微笑みを浮かべながらも、リディアの胸中は驚きで支配されていた。
ラティラーク王国全土を巡回する祈祷師がたったの二名とは思いもしなかったのだ。
「さっそくだが、今後君の護衛を務める小隊を紹介しよう。隊長はオルコット副団長に兼任で任せることにした」
「今日から君の護衛隊長を務めることになったので、よろしく。隊員はこちらからウォルト、フレッド、リオの三名。私が不在の時にはウォルトが指揮をとる」
「ウォルト・ヴィートと申します。この中では魔導騎士としての経験が長いので、困ったことがあればいつでもお声がけください」
セシルの紹介で左端に立つ、髪をぴしりと撫でつけた長身の騎士が一歩前に出た。
物腰柔らかな礼とともに後ろで一纏めにしていた髪がさらりと流れる。
ヴィートという姓を聞いて、サッと上から下へと視線を走らせた。経験が長いといっても三十代を過ぎているようには到底思えない。会ったことはなくとも、婚約者候補として調べたことがあるはずだと爵位と領地を思い起こす。
(ヴィート家は……子爵だったかしら? この方は指輪をしていないし年齢を考えると次男以降なのかもしれないわね)
リディアが参加していたお茶会では子爵家や男爵家の令嬢も時には参加をしていた。
年若い令嬢達からヴィート家の名が挙がることはなかったが、それが単に顔を合わせる機会がないからだということがわかる。
爵位は低くとも魔導騎士という身分は大きいし、温和な雰囲気を持つあっさりとした顔立ちのウォルトは女性に安心感を持たせるだろう。エリアスやセシルは絶対に手の届くことのない憧れの的であるのに対して、言い方は良くないだろうが、頑張れば手の届く優良物件ではなかろうか。
いつもの癖で品定めをしてしまうリディアを余所に挨拶は続く。
「フレッドと申します。よろしくお願いします」
「リオです。よ、よろしくお願いします」
礼儀正しく礼をするフレッドと名乗った騎士は終始無表情だった。真面目で寡黙な人なのかもしれない。
反対に、ツンツンと横に跳ねた明るい茶髪がそのまま性格を表していそうなリオと名乗った小柄な騎士は見るからに年齢が若く、この中では最年少だろう。裏返った大きな声と伝染しそうなほど緊張した面持ちから入団して間もなさそうだ。
相当の努力をしてきているんだろうなと自分と大して年齢差のない騎士達を見てリディアは感心する。
というのも、姓を名乗らなかった二名は平民である証拠であり、その実力は計り知れないからだ。
騎士養成所は各領地にあり平民も数多く入所するのだが、加えて魔術も学ぶとなると複数ある王立騎士養成所のうちの一箇所とクロズリー領にある騎士養成所の二箇所に限られる。
貴賎関係なく入所は可能だが、そもそもの定員数が少ないことや入所にかかる生活費等の補助枠を狙うなら、実力の他に元々の素質が必要になってくる。
加えて、必ず卒業できるわけでもない。一定の基準を満たす前に諦めて去っていく者や魔導騎士を諦めて各領地や王宮に所属する騎士になる者が半数を超えると聞いたことがあるため、若くして魔導騎士団に入団することは生半可な覚悟ではまず無理だろう。
他の魔導騎士団員を見ていないので比較はできないが今後を共にする騎士がとても頼もしく、リディアも立ち上がって家名を省いた名を名乗り、お世話になる旨を添えて深く礼をした。
顔を上げた際に目に映った騎士達は、慌てふためく者や驚いた者、変わらず笑みを浮かべる者と三者三様。
簡潔な挨拶しかしていないのだが、どこかおかしかったのだろうか。
頭にはてなマークが飛び交うのが傍から見ても分かったのだろう。満面の笑みを浮かべたルイスが大きく口を広げて豪快に笑う。
「さすがクロズリー伯爵の娘といったところか。いや、すまない。貴族のご令嬢だと平民出身の騎士を僕のように扱ってしまうかもしれんと編成に悩んだんだが、今後のことを思うと貴族社会にも市井にも詳しい者が必要になるからな」
「貴族の娘ということも、クロズリー家ということも皆さんは知っていたのですね?」
リディアとしては、貴族ということも姓がクロズリーということも魔導騎士団員には知られてないのではと思っていたが、案外そうではないらしい。
「君と行動を共にする者だけにな。情報が足りず身動きが取れなくなることがあっては困る」
言われて納得する。
祈祷師の行く先には必ず魔導騎士が同行する。
先々で起こる状況に合わせて上手く立ち回るには、情報が必要不可欠だ。
(そして、それは私も同じことだわ)
「ルイス団長、私も祈祷師として動くための知識をご教示いただいたいですわ」
「もちろん、最初の数日間はここでの生活に慣れながら、ある程度の知識を身につけてもらうことになるから安心してくれていい」
そうして、「あとは任せたぞ」とセシルの肩を叩き去っていくルイスを見送ると、続いてセシルを除く騎士達も礼をして去っていく。
(ええっ……。皆いなくなってしまうの!?)
心の中で悲鳴をあげている内に残ったのはリディアとセシルのみになり、一気に室内一帯の空気が重くのしかかった。
◇◇◇
(こんなに早く二人きりになってしまうとは思わなかったわ)
気づかれないよう姿勢を変えずにそろりと様子を伺おうとすると、宵の瞳とばっちり目が合う。
思わず目を逸らしてしまったが、向こうからの視線は突き刺さるほどに強く感じる。二人しかいないのだからこちらを見るのは当然かもしれないが、それなら何でもいいから話を進めてほしかった。
重い沈黙に耐えかねていると、短い溜息が落とされる。
「取って食う訳じゃないからそんなに怯えないでくれないか。なってしまったものは今更どうしようもない」
セシルに対して怯えていると思われているのは不本意だった。
初対面の時の悪印象に影響され、この場でも応戦態勢になってしまう。
「貴方を恐れている訳じゃありません。誰だって、自分に敵意を抱いている方と二人きりになるのは気まずいものでしょう」
「敵意だなんて心外だな」
まるで不本意だと言わんばかりの声色で苦笑するセシルに、リディアも微笑みながら強気で言い返す。
「違いましたか?」
「もちろん。どちらかというとこれは好意だ」
やれやれと首を振るわざとらしい演技に呆れがそのまま顔に出そうになり、まずいと思った。
こんなにも愉快そうに人を揶揄う目の前の美男子は、噂で聞いていたあのセシル・オルコットなのだろうかとまたもや目を疑いたくなる。
(この人に憧れを抱いてる女性たちが可哀想だわ)
「貴方、今が素なのね」
「何か?」
「いいえ」
にやりとこちらの反応を見て楽しんでいるセシルの思い通りにはいかないと、リディアはさっさと話を切打ち切ることにした。
「まあ、君は朝早くから疲れているだろうから今日は棟の案内だけにしよう。それが済んだら荷物整理も兼ねて部屋で休むといい」
「お気遣いありがとうございます」
実際、日付が変わった深夜に宿を抜け出して、王宮に着いてからは祈祷師の衣装に袖を通しつつ、司教から拝命式の段取りを聞いて。夜明けとともに始めた儀式が終わって魔導騎士団棟に来たのは、普段の朝食時間だったのだ。
食事は儀式前に手短に済ませてはいたが、落ち着ける場所で一息つきたいというのが本音だ。
「その前にひとつ」
席を立とうとしたところを止められ、セシルの手が示す先へと顔を向ける。
指差された先は、つい先ほどの拝命式で手首に嵌めた腕輪。
なんとなく掌を返して聖石で形作られた淡い紫の花を眺める。
「司教から聞いたと思うが、魔紋はその腕輪と君が揃って完成する。どちらか片方では効果のないただの石だ」
セシルの言葉に相槌を打つ。
儀式で実際に目にして感じ取っていたことだ。
聖石に刻まれた魔紋が光った際、八つの聖石がそれぞれ重なる部分にも魔紋を構成する線のズレが全くなかった。他の祈祷師の腕輪をつけても、刻まれた線が微妙にズレて魔紋の完成にはならないのではないだろうか。
「祈祷師はあらゆる面から身の危険がある。魔獣しかり、人間しかり。それは悪意ある人間が祈祷師の祈りを悪用しないための対策の一つだ」
「祈りの力を公的に使わない時は、誰かが腕輪を管理するということですね」
「そう。それは護衛隊長の役目で、外すには解除の詠唱と登録された魔力が必要になる。万が一の場合を想定して三人いるから覚えておくように。私がいなくなったらルイス団長、その次はエリアス殿下だ」
「……わかりました」
サラリと、なんてことないように言われた一言に呼吸が詰まる。
(それってつまり身動きがとれない状況とか、意識が保てないくらいの大怪我とか)
――殉職とか。
覚悟はしていた。
けれど、今後はそういった場合を常に考えておかなければならない。
自分が身を置く場所がそういう所だということを今更ながら実感する。
俯いて視野の狭くなったリディアの視界に、飛び込んできた輝かしい金髪が音もなく揺れた。
「直接触れることをお許しください、祈祷師様?」
片膝をつき、身をかがめたセシルが不敵な笑みで見上げてくる。
そうしてリディアの右手をすくい上げた。
「――ッ!!」
布の隔たりのない、直接地肌が触れ合う感触に先ほどまでとは真逆の意味で心臓が跳ねる。
反射的に手を引き抜こうと力が入るが、そっと支えられているはずなのにビクともしない。
そんなリディアの反応はセシルには想定内で、気にもせずに右手のひらで聖石を包み込むように手首を握った。優しく慣れた手つきと、両手から伝わる熱に意に反して鼓動が早まる。
(毎回これに耐えなきゃいけないのね)
とても辛い。直視していては心臓が保たない。
セシルが詠唱をして腕輪を外すまでの間、リディアは窓の外をひたすら眺めた。
そうしなければ、触れられている腕と間近にあるセシルの伏し目がちの瞳に意識が集中して、平常心を保てなくなりそうだった。
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