春の予感

 今週の日曜日のお昼に翔さんと食事に行った。みゆの面倒を見なくてはならないので、旦那の休日である日曜日に行くしかなかったのである。

 私は時々思うのだ、子供とは母親を他所に遊びに行かせないようにする為の足かせであると、人間はよく出来ている父親が仕事に行く間母親が他所の男と相引きをしないように、子供と言う鎖でがんじがらめにする。本当にうまく出来ている。

 ここで一つ言いたいのは、私と翔さんとの関係は肉体的な関係ではないということである。醜い爛れた関係ではなく、プラトニックな心と心の関係である。私の渇き切った心に彼の瑞々しいパッションが私をもう一度潤してくれる。

「翔さん、この後はどうします?」

「ああ、レッスンは別々に行かないと怪しまれちゃうからな。三時を過ぎたら、別れよう」

本日は、二回目のレッスンである。私と先生である翔さんとの関係を知るものは誰もいない。

 彼と個人的に会うのは二度目である。前回はイタリアンを、今回は私たち奥様方にはなじみのファミレスに行ったのである。馴染みのファミレスに翔さんと来ることは、学生時代新しい恋人と付き合い始めたことがバレるかバレないかハラハラしていたことを思い起こされる。

 そんなことを考えていると目の前で美味しそうにサラダをムシャムシャしていた。翔さんは、カリフォルニアタコサラダがお好きなようだ。

「私、夫と娘に夕飯を作らなければならないんです。もう少し、早めに帰りませんか」

「まだ、店に入って一時間くらいじゃないか」

「大丈夫ですよ、あと一時間くらいはいますから」

こういう時に家族が足かせとなる。

「なあ、愛子さん」

「はい」

「俺といるときは家族の話はしないでよ」

「ええ、そうですね」

「頼むよ」

「私もあんな人の話は、したくありませんよ」

今日の夕飯は、カレーにしよう。一時間もかからずに作れるであろう。

 その後も、一時間程他愛もない話をして過ごした。彼のする話一つ一つが新鮮に感じられた。世代の違いなのか、知らない音楽の話がたくさんあった。ただ、奇妙な金玉という意味のHiphopグループがあって、どうのこうのという話は少し下品であった。

 帰宅し、カレーを作った。人参が切れていたので、本日はジャガイモと牛肉と玉ねぎである。

 先週のこの日から私の人生は一変してきたのである、行ったことのない店、通ったことのない道、あの人と一緒では味わうことのできなかった色鮮やかな日々である。私のなじみのファミレスも彼と一緒なら新しい景色に感じられる。今日、レッスン中に皆に私たちの関係がばれないか不安と少しの期待で気持ちが高まってくる。そうだ、今日は少し早く家を出よう。私は身支度をすると家を出て、早速教室の場所に向かった。高鳴る気持ちを抑えきれなかったのである、家を飛び出し駅に足早に向かった。

 電車に乗りながら時間を確認すると、このまま到着したら、開始時間の一時間前についてしまうことに気づいた。と、はす向かいに宮本さんが座っているのが見えた。私が声を掛けようと思ったとき横に座っている男性が首元に口づけをした。この間話していた遊び相手なのであろう。私が見ていると宮本さんも私に気がついた、気がついたが気にせづ二人の世界を築いていた。

 私は、次の駅で降りた。向かっていた駅の二つ手前であったが、あの景色を見ることは耐えがたかったのである。ここから歩けば、ちょうどいい時間になるであろうと思いながら私は知らない街並みを探検したのである。今まで、あまりしっかりと街並みを見たことがなかったんだなと思い始めた。若い男の子と、私たち世代が歩いているのを見ると世の奥様も女としての第二の人生を求めているのであろう。手をつないでいるのを見ると、今までは仲がいい親子だなあと思っていたが、今ではあの人も暇を持て余した一人の被害者なのだなと思った。

「愛子さん!」

後ろから、聞きなれた声がした。この声は、

「宮本さん…」

先程電車に乗っていた彼女である。気がつかなかったが、私を追って降りていたのであろう。

「見られちゃいましたね」

「ええ、」

「彼最近スキンシップが激しくて、人前でも関係なくて」

彼女は少し恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに語っていた。

「いえ、私は無闇矢鱈に言いふらしたりしませんよ」

「ありがとうございます…」

彼女は少し言い淀んだあと

「愛子さんも新しい方を見つけたみたいですね」

「どうして、そう思うんですか?」

「この間よりも綺麗になった」

私は、彼女と共に歩み始めた。

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