新しい晩餐
妻が新しくヨガ教室に通い始めて私は本日の夕ご飯、娘と二人での食事である。妻が予め作り置きをしておいてくれたカレーを温め、娘とそのスパイスの香りに食欲を膨らませた。結婚してから妻の手作りカレーを幾つか食べてきたが今回は一番オーソドックスな物の様だ。
「パパー」
「何だ?」
「先生からもらったチョコってどうしたの」
今日私は、娘の通う保育園の先生から義理チョコを貰ってしまった。男として少し嬉しくも有るが妻子の居る身では真っ直ぐ受け取る訳にもいかない。
「ああ、みゆ食べるか?」
「いいの?」
「ああ、お父さんはママからもらう予定だから良いんだ」
そういえばここ数年妻からバレンタインの贈り物をもらっていない気がする。
「でも、ママ今日いないよ」
「明日用意してくれるかもしれないからな」
ここ数年妻から贈り物をもらったことはない。しかし、私の稼いだ給料から出たお金で贈り物をもらうのは不思議な気持ちだ、そういうところを妻は考えているのだろう。カレーが、温まってきた。熱を含むと同時に香りが一段とふくよかに立ち上っている。
「パパ、チョコね、カレーに入れてもいい?」
「ええ?」
急に、みゆがおかしなことを言い始めたので鳩が豆鉄砲を食らった気分だ。
「美味しいのか?」
「前、テレビでやってたよ」
「じゃあ、入れちゃうか」
妻がせっかく作ってくれた物に手を加えるのは申し訳ない気もするが、娘には逆らえない。
「うん!」
娘と、二人でカレー鍋に付きっ切りになりながらカレーを見つめ続けた。
「まだかなぁ」
「もうちょっとだな」
私はテレビをつけに少し離れた。テレビからは、毎週行われている音楽番組が今週も行われている。しかし、今週は特番の様だ。
「パパー!」
「どうした?」
「まだぁ」
「そろそろかなぁ?」
鍋に近づいてみると、ちょうど食べごろを迎えているようだ。
「よし、お皿に盛りつけよう!」
「うん!」
「じゃあ、みゆはスプーンを出して」
「わかった」
娘がてくてくと食器を持って歩いて行った。ああ、愛くるしい、本当に愛くるしい。ペンギンのようなヨチヨチ歩き、振り向いた時の微笑みはテレビに映っているアイドルにも負けない。いや、絶対に勝っている!
「いただきまーす」
「頂きます」
お皿に盛り付け、二人だけの夕食を食べ始めた。
「美味しい」
「ああ、美味しいな」
妻の作る料理は、本当においしい。結婚してからの8年、毎日妻の手料理を味わうことのできた私は幸せ者である。私にとっては毎日が晩餐である。
「なあ、みゆ」
「なに、パパ?」
「ママいなくて寂しくないか?」
「ううん、パパがいるから寂しくないよ」
ああ、ううんと言って横に頭を振る姿が小動物の様な愛くるしさを帯びている。愛子にも見せたかったな。
「みゆ、お風呂どうする」
「パパと入る」
「多分、ママ帰ってくる遅いから今日は先に寝ような」
「ママ遅いの?」
「さっきそうやって連絡が入ったんだ」
「そっか」
少し寂しそうな、顔をした。
「なあ、あのjニーズかっこよくないか」
「みゆはね、あのピアノ弾いてるグループのほうが好き」
「へえ、今の子はああいうのが好きなのか」
「今ね、保育園でさくら練習してるの」
「卒園式で歌うのか?」
「うん、楽しみにしててね」
『さくら』というと沢山あってどれかわからないが、どれであってもいい曲である。まだ一年以上時間があるのに練習する当たり良い保育園だなと思った。その後、二人でお風呂に入った。お風呂で、ゆうた君の話ばかりされた時には鼓動があがり冷や汗をかいたが、大丈夫だ問題ない。みゆも年長さんになったからな、恋をし始めるとしごろか。女の子は早いな。自分が同い年のころはどんなだったろう、みゆの髪を乾かしていると、
「ぼ~く~らは~きっとまあてるう~」
どうやら、あちらの『さくら』のようだ。
「歯磨いてきたか?」
「まだー」
「じゃあ、行ってきな」
娘が歯を磨きに行ってる間に私は食器を洗っておいた。
「よし、ねるぞ」
「うん!」
二人でベットに入りながら妻の話をした。みゆも妻に会えなくて寂しいようだ。
「そういえば、先生がパパのこと褒めてたよ」
「え、保育士さんが?」
「うん、やさしくてかっこいいお父さんだって」
「それは、嬉しいなぁ」
年甲斐もなくドキドキしてしまった。
「もう遅いから寝ような、みゆ」
「わかってるもん」
私は眠りに落ちながら今日から毎週娘と食べることのできる食事のことを考え胸の高鳴りを感じた。今までと同じようで、違う新しい晩餐である。
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