初めての晩餐
沢山の人々の喧騒に包まれながら、私たちは女子会を開いていた。周りを見ると夫婦や、親子、大学生であろう若人の集いばかりで、ファミレスに女性四人というのは、少数派の様だ。
私たちは、ヨガ教室で体を動かし搔いた汗を銭湯で流したのである。
今日初めて通ったヨガ教室はまさかの若い男性であった。最初は少し驚いたが、時間をかけて触れ合っている間に気持ちが少しずつ近くなっていくのがわかって新鮮なトキメキを感じて心地よかった。
「ねえ、宮本さんあの男の子とはどうなったの?」
「まだ、遊んだりしてるわよ」
宮本さんと言えば旦那さんとお子さんがいたはずだ。
「宮本さんて旦那さんいませんでしたっけ」
「いるけど、仕事ばっかで遊んでくれないんだもの」
「でも、よく旦那さんに見つかりませんね」
「夜しか顔合わさないから、それにあの人はどうせ気づかないわよ」
と、他の夫人も
「私の家もそうなのよねー、旦那休日は寝てるし子供の面倒も見ないのよ」
どうやら私の家だけでなくどこの家も変わらないようだ。
「まあ、宮本さんみたいなことは私にはできないけど」
「そんなことないわよ、勇気があれば何でもできるわよ」
私もできないであろう、確かに旦那との日常は拷問以外の何物でもないが世間体のことを考えると踏み出せない一歩である。と、一件のlineが入った、私は周りに気を使いながらスマホを開いた。
「誰かから連絡来た?」
「ああ、大丈夫ですlineが来ただけなんで」
今日のヨガ教室の先生からだった。
「ヨガ教室の先生からでした」
「へえ、珍しいわね」
「あの人のline持ってる人少ないのよ」
「もうお気に入りね」
「そんなことないですよ。多分月謝か何かについてですよ」
LINEの内容は今度お食事でもどうですかというお誘いであった。その文面を見た時、私の胸に暖かくむず痒い電気が走るのを感じる。私は不思議と今のLINEを他の人達には伏せることにして、話を換えてみた
「宮本さんはどこでその男の人と出会ったんですか」
「今、ママ活っていうらしいんだけど、Twitterで出会ったのよ」
Twitterで男と出会うなんて、暇なのだろうか。
「大丈夫なんですか?」
「何が?」
「ばれやすいじゃないですか、携帯で連絡とるなんて」
束縛の強い相手だったら、スマホでの浮気など一瞬でバレてしまう。私が学生の頃は旦那のスマホに追跡アプリを入れるのが流行っていたのを思い出した。
「旦那が私のこと気にするわけないじゃない」
宮本さんは私の4つ上で32歳ほどである。三十路を越え、旦那さんも宮本さんの女性的部分を必要年なくなったのだろうか?
「お待たせいたしました。包み焼ハンバーグでございます。」
本日の料理が来た。店員さんが包みを開けてくれた。包みが開いたと同時にデミグラスのコクのある香りが湯気と共に立ち上った。私は、先ほどの連絡に『是非』と送った。
「やっぱ子供が生まれるといろいろと変わるわよね」
「やっぱ、母であることと女性であることって両立しないよね」
「この間旦那に言われたのよね、なんか結婚する前の方が可愛かったって。」
私たちは、処女を捨てることによって少女から女性に成長し、子供を授かり母親になることによって女性、つまり女であることをやめる。
「でも、何時までも美しく居たいよね」
いつまでも美しくいたい、誰しもが望むことだ。
「そうね」
「そうですよ、男は下半身で恋をするけど…」
「私たちは感情で恋するのよねぇ。そう思わない横山さん」
「私もそう思います」
「ねえ、このハンバーグ美味しいわね」
「今時のファミレスってレベル高いですよね」
「今度家族で来ようかしら」
「作らなくて済むから、楽でいいわね」
私はこの後も適当に話に合わせながらやり過ごした。退屈なわけではない、旦那と娘と三人で食事をするより遥かにましである。今まで夕飯とは動物的行動だと思っていたが、この晩餐会(女子会)を味わうと食事を楽しみ、それに合わせて話にも花が咲くのだと知った。毎週一度の唯一の憩いの場、私のオアシスになるかもしれないと思った。携帯に『明日か明後日のランチでも行きませんか?』と通知があった。
「本当、教室に通い始めてよかった」
「どうしたの?横山さん」
「いえ、なんとなくね」
私は心の底からそう思ったのである。この日私は、初めての晩餐を味わい、起こるかもしれない新しい日々に思いをはせたのである。
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