芽生えの予感
この道を通るのも二度目になるだろう、愛娘を向かへに行くこの待ち遠しさが駅から数分の道を、何時間もあるように感じさせる。
相対性理論とはとても美しい理論であると私は常々思うのである。大学時代、講義で聞いた話が頭に泡のように浮かんできた、隣に愛子の姿が浮かび輝かしい青春の日々が思い出されて来た。また、会いたいな。数年前から昔の友人とも会わなくなってしまった。他の人たちは連らくを取っているのだろうか、私は二度ほどバーベキューに呼ばれたがあの時も集まったのは半分ほどであった。
親友というものを私は、持ったことがないのである。自分の生活環境が変わると人間関係も変わてしまうため、数年ごとに友人関係が変わってしまう。
しかし、何時だって私の隣にいてくれる者がいる。愛子だ。彼女だけが私の人生を照らしてくれている。日差しが傾き始めてから少し時間がたち周りから幼い甘い音が溢れ始めた、あったかいご飯が待っているんだろうな。私も帰ろう、お家へ帰ろう。
「パパ”!」
「みゆ、お帰り」
娘の溌剌とした呼びかけに応えるように彼女を抱き上げた。その光景を、娘の少し後ろからゆっくりと追いかけるように先生が見ていた。
「横山さん、お待ちしておりました」
「先生、本日も娘を預かっていただきありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そういうと先生は丁寧に頭を下げた。
「パパ、帰ろう」
「うん、帰ろう」
「横山さん、先週のチョコはどうでした?御口に合っていたらいいんですけど」
そんなことを聞かれるとは一雫も思っていなかった為少し後ろめたかった。
「ええ、美味しかったです」
そう、カレーに入れてしまったので味わっていないのである。私は、少し申し訳ない気持ちになった。彼女の笑顔はすっきりとした春風の様な気持ちよさを感じる。疲れた私の心を明るく照らしてくれる太陽のような女性だ。そんな彼女に嘘をつくのは、忍びない。
「パパ、カレーに入れちゃったから食べてないじゃん」
「こら、みゆ!」
「迷惑でしたか?」
彼女の顔に雲が罹った。
「違うんです、年甲斐もなくはしゃいでしまいまして。妻に申し訳なくなってしまい。カレーに入れるという折衷案だったんです」
私は必死に弁明した。こういう時男が弱い。
「すいません、私も今度から気お付けます」
「パパ、先生が可哀そう」
「先生!私ちゃんとホワイトデー用意しておくので…」
「はい、」
「楽しみにしていてください!」
「はい!」
勢いで言ってしまったが、妻にばれたら怒られてしまうかもしれない。大丈夫、私が愛しているのは妻だけだ。いや、娘もだ!
「パパ、ママが泣いちゃうよ」
「いいんだ、パパは貰えなかったから。少しの、反抗心と感謝の気持ちでキャンディを送る」
そうだ、ただおじさんがお菓子を年下の女の子に贈るだけだ。
「横山さんは、本当に温かい人ですね。みゆちゃんが立派な理由がわかります」
「そんなことないですよ、先生こそ気が利くなと感心させられます」
「褒めて頂くようなことじゃないですよ」
「いいえ、それこそ立派ですよ」
「…嬉しいです」
私の心に新芽が芽生えた。温かい日差しに照らされ感謝の気持ちが芽生えたのである。
「パパ、浮気?」
なんと人聞きの悪い、みゆにそんな言葉を教えたのはどこの誰だ!
「違うぞ。先生に申し訳ないから、そういうこと言うのやめなさい」
「はい、」
「では、これで失礼します」
「ええ、また来週お待ちしております」
私は、娘との帰り道を楽しんでいた。行はあんなにも時間が長かったのに、今ではこんなにも早く感じる。鍵穴にカギをさした。しかし、
「あれ、鍵開いてる」
鍵が開いていた。私は、この間ドラマで見た映像がよぎった。
「愛子!」
私は急ぎ部屋に入った。部屋の中はがらんとしていて、コンロの上に鍋が置いてあった。
「パパ、どうしたの?」
「いや、先週のドラマがね」
「あ!本当だ。怖いね」
「な!ビックリしちゃったよ」
私がどれだけ心配性かがうかがえる。少し直さなくちゃな。
「ねえ、パパ」
「なんだ?」
「美幸先生の、お返しって用意してあるの?」
多分あの先生であろう。
「いや、用意してない」
「今度一緒に買いに行こう!」
「駄目だよ、ママにばれたら怒られちゃうだろ」
なんだか、浮気を隠しているような気分だ。皆こんなドキドキを楽しんでいるのだろうか。
「ママが帰ってきたら、今日の話をしよう」
「チョコ?」
「違うよ、ドラマ」
「ね!」
私たちは他愛のない話をしながら、妻の作ってくれたカレーを食べた。
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