第2話 僕たちの恋は、仮面の裏に

「私が結婚して一之瀬になったら、一之瀬京菜だよ。違和感ないよね?」

「うん、元からそんな名前なんじゃないの?」


 僕たちは、付き合って初めて大阪の道を歩く。鈴木京菜は僕の彼女であり、同じ会社の同期だ。たまたま入社直後の懇親会で同じ卓になり、そこから話をするようになった。


 顔に影をつくるほど、スッと綺麗な鼻筋をしており、その鼻に添えるような綺麗な二重の目。笑う際に見える歯の面積までもが完璧で、全てのパーツが彼女の顔を完璧にする。

 昔は髪の長い時もあったようだが、今は耳と同じ高さでショートカットのボーイッシュな印象を受ける。


 彼女のことをみんなは、「可愛い」とか「明るくて元気」とか「何も考えてないバカ」と口を揃えて言う。決して悪口の意味ではないのだが、確かにみんなの前だとそう思えるほど声混じりの笑いをくり出す。なので、僕も初めはそう思っていた。


 しかし、ある時彼女からメッセージが来て「颯太くん、お疲れさま!今日思ったんだけど颯太くん最近しんどくない?みんなからすごい人だって見られてて、さらには自分でもそう見られたいと保とうとしてる。わたしは弱いところをすぐ出しちゃうから辛くないけど、颯太くんはどこか出せるところあるかなって心配になる」と言われた夜があった。


「なんでそんなことわかっちゃうんだよ」


 人は理想の自分を、仮面として被り、その素顔をどうにも隠そうとする生き物だ。なぜならその裏には、仮面とは反対のコンプレックスの塗られた顔があるからだ。しかし、たまにその仮面をめくってくる人がいる。終いには、めくったその顔を「そのままで充分いいじゃん」と息を吹きかけ、仮面を剥がしてしまう。


 その瞬間、僕は素顔を見ようとする彼女の人に対する目線の優しさを持っていることと、それを知っているからこそ、その人もみんなの前では笑みの仮面を着けているだけで馬鹿ではないことを悟った。


 人として、とっても素敵だと思ってしまったんだ。


 ただ、別に恋愛に発展することもなくそのまま僕らは社会人として仕事を進めていく生活を過ごしていた。


 そんな中、きっかけは覚えていないが僕からメッセージを送ったときがあった。きっと心の底では、「もっとその人を知りたいという気持ちがあったのではないか」と問われると、否定することはできないぐらいには惹かれていたようだ。


 夜0時にかけた電話は、長らくも朝を呼び僕たちは笑って「電話しすぎたね」とその会話を終えた。そこから付き合うのに時間はかからなかった。男女が2人で夜通し電話をするのは、その気があるということの証明みたいなものだ。


「お互い、されて嫌なことは共有しておこうね!私は嫉妬とかしないけど、他のことに夢中で雑にされたら寂しくなるかも」と京菜は僕にいった。そんなことしないよと言わなくても、僕の気持ちは伝わっていたと思うぐらい、僕はすでに恋焦がれていた。「心配なんかかけないよ、安心して」と伝える僕に、彼女は電話越しで「颯太くんは大切にしてくれるって言われなくてもわかるね」と笑っていた。


 そんな彼女が愛おしくて、今までの人生の選択はこのためにあったんじゃないかと思えてしまうほど盲目になっていたが、ここまで人を想えることは幸せなんじゃないかと思っていた。


 付き合った翌週に、たまたま2人の有休が重なる日があった。僕は迷わず「会いに行くよ」と新幹線の切符を取り、喜ぶ彼女に会いに改札をくぐった。


 そうして、大阪についた僕は初めて愛おしい彼女への気持ちを解放したように、改札を出て少しばかりの緊張を抱えながら、待っていた彼女を抱きしめた。


 2人で歩いたその日はとても天気の良い日だった。春真っ最中の僕たちは仮面を脱ぎ捨てて、2人で真っ青な空と桃色の景色を目に入れていく。桜を綺麗だと笑い、レジャーシートで花見をするカップルを見て「今度したいね」と誘う君を見ることに必死で、こんな天気の良い日なのに、僕は空を仰ぐことすらも忘れていた。

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