第140話 side 俺⑤

エルクの体が俺の意思で動く。


俺は自身に鑑定をする。


ちゃんとエルクの鑑定結果も表示されるので、エルクの魂がどこかに消えたというわけではないようだ。


俺を閉じ込めていたあの空間は、エルクの魔力で保持されていて、エルクが魔力を暴走させたからあの空間を維持できなくなって俺が外に出られたのか……?


まあいい。今はこのカオスな状況をどうにかするか。


「なんだ、この茶番は?こいつを木っ端微塵に吹き飛ばせば、悪巧みは終わるのか?」

俺はアリエラの遺体を足で軽く小突く


「止めろ!――ぐふっ!」

学院長が走ってくるので、土の塊を腹に飛ばしてやった。

ちゃんと手加減はしている。殺しはしない。


「……お前は誰だ?エルクじゃないだろ!」

王子が叫ぶ。


「お前は今はどうでもいい。黙ってろ」

俺は王子を威圧する。

王子はビクッとした後、体をガクガクと震わせる。


「学院長、俺はあんたに感謝してるんだ。こうやって俺を外に出させてくれたんだからな」

俺は学院長の前に歩いていき、話しかける。


「何を言っているかわからんな。俺はライオネットだ」


「そういうのはもういい。お前が学院長だってことは俺にはわかってる。……あの死んだ女を吹き飛ばす途中だったな。学院長でないならお前には関係ないだろ?そこで見てればいい」


「あれは姉じゃないのか?」

学院長はまだ認めないようだ。

建設的な話をするにもまずは認めてほしいんだがな……


「俺の姉じゃない。エルクの姉でもないな。だから遺体が消滅しようと知った事じゃない。困るのはアリエラとかいう女の知り合いくらいか」


「きゃっ!」

姉と言った事でもう1人いたことを思い出した俺は、隠れていたイルラの後ろに転移して襟を掴んで引きずり出す。

見た目はエレナでは無くなっている。

大人の女だ。


「姉といえばこいつも姉だったな。いつの間にかエルクには姉が2人も増えていたみたいだ。本物の姉はここにはいないようだし、偽物には消えてもらうとするか」


「や、やめて……」

イルラが後退りする。


「待ってくれ!彼女は私に協力してくれただけだ。責任は私にある」

学院長が変装を解く。


「やっと認めたか。これでやっと話が進むな。あんたには聞きたいことがいくつかあったんだ。まあ、今までのはエルクを利用しようとした罰だと思ってくれよ」


「……私に何を聞きたいのかね?」


「色々だ。だがその前に場を整えようか。このままだとゆっくり話も出来ない」

俺は闇魔法で学院長が作り出した化け物に闇の球をぶつける。

化け物は闇の球を当てられたことで、吸い込まれるように消えていった。


「なっ!」


「こんなことで驚くなよ。あんなの俺からしたらただの人形と変わらない。視界が遮られて邪魔なんだ」

それから俺は走って逃げているラクネの後ろに転移して魔法で眠らせた後、丘の上へと連れてくる。


「ら、ラクネをどうするつもりだ?」

王子が震えながらも聞いてくる。

威圧の効果はまだ残ってるはずだが、なかなか根性が据わっているな。


「どうもしないから安心しろ。あのまま1人で彷徨っていたら、本当の魔物に襲われるかもしれないから連れてきただけだ。ダイスだったな、記憶を奪ってお前も眠らせてやることも出来るがどうする?俺のことなど知らずにエルクと楽しくやっていた方が幸せだと思うぞ?」


「……その言い方だとエルクに体を返すようにも聞こえるが、返す気があるのか?返す気が少しでもあるなら、エルクに返してやってくれ。あいつは俺の大切な仲間だ。俺には頼むことしか出来ないが頼む」

エルクはいい仲間に恵まれたようだな。


「俺の質問の答えになってないな……。いや、いい。答えてやる。俺もいつまでもこの体を奪い続けるつもりはない。一時の自由を味わったら返してやってもいい。ただ、どうやってエルクに体を返すのか俺は知らない。そこの学院長のおかげでたまたま出て来られただけだ。それでどうするんだ?寝てた方が幸せだと思うが?」

エルクに愛着が湧いてしまっている以上、エルクを犠牲に自由を得たいわけではない。

返す方法が分かればちゃんと返してやるつもりではある。


「もちろん見届ける」


「なら、学院長と一緒に悪巧みをしようか。話を聞くからには付き合ってもらうからな」


「あ、ああ」


最後に俺はイルラの記憶を改竄してから眠らせる。

イルラはただの協力者みたいだからな。最初から関わってなかった事にしてやろう。


これでここには俺と王子と学院長しかいないのと変わらない。


「悪巧みとは何かな?色々と聞きたいことがあると言っていたが、何が聞きたいんだい?」

学院長が冷静を装って聞いてくる。


「お前の目的はアリエラを生き返らせることなんだろ?それには俺が協力してやる。どうやるかは今のところ見当も付かないがな。だからエルクにはこれ以上ちょっかいを出すな。それから、協力する代わりにお前も俺がこの体から外に出るのに協力しろ」


「一瞬で世界を滅ぼせそうなあなたを解放するのに協力しろと?」


「ああ、だから悪巧みだ。実際に滅ぼしたりはしないから、お前にとって悪い話ではないだろう?」


「なぜそれ程の力を持っていて私に協力を頼む?」


「お前なら俺の要求を叶えられると思ったからだ。俺の予想が正しければ、お前体を乗り替えてるだろ?俺はエルクの中にいる時に外の事には干渉出来ない。だからお前には俺の魂の器を用意して欲しい。それから魂を移す手法も教えろ。俺の力にも制限はあってな、人体は用意出来ない」

魂が無くても、人間を創造するには有り得ない程の魔力を要求された。

強奪や蘇生のスキルに必要な魔力が少なく感じる程に桁がかけ離れている。


創れない訳ではないが、何十年……いや、何百年掛かるか分からない。


だから器の用意は学院長に任せるのがいいと考えた。


「そこまでお見通しですか……。わかりました。協力致します。なのでどうかアリエラを生き返らせて下さい」


「交渉成立だな。詳しいことは後にしようか。聞きたいことと言うのは大体はそれに付随したことだ。次はエルクの件だな。姉に会わせないようにしているだろ?あれも止めろ。利用する目的の他に、力を自覚しないようにしているみたいだが、自覚したところでエルクは周りに危害を加えたりしない。王子は俺の言ってることがわかるよな?」


「あ、ああ。エルクは無闇に力を振りかざすような奴じゃない」


「そういうことだ。まあ、姉に会えば勝手に自覚するだろうから、後は好きにやらせてやれ。俺から言いたいのはこれくらいだが、王子に忠告してやる。早く次の王位を決めろ。国が滅びるぞ」


「どういうことだ?」


「中途半端にお前が力を得たせいで、もう1人の王子の親がヤバいものに手を出そうとしている。王になるのはお前でも向こうでもどっちでもいいが、このままズルズルとやっていると取り返しが付かなくなるんじゃないか?」


「わ、わかった」


「わかってると思うが、俺のことはエルクに言うなよ。エルクが俺の存在に気付きそうになったら学院長の所に向かわせるからなんとかして誤魔化せ。いいな?」


「……なんとかしよう」

学院長ならうまく誤魔化してくれるだろう。


「それからエルクが関わったことで、人が死んだり不幸になったりさせるなよ。お前が王になった結果、もう1人の王子を処刑するとかな。賊とか悪人ならいいが、思い悩むようなことはさせるなよ。エルクはまだ子供なんだ」


「わ、わかった。心に留めておく」


「1つ教えてほしい。あなたはエルク君の何なのでしょう?親が子を心配しているかのようにも聞こえるのですが……」

学院長に言われる。


「……他人だ。この体に閉じ込められているから、エルクに情が湧いただけの他人だ」

少し考えた結果、他人だった。

俺の記憶を持っているただの他人。この認識は変わらない。

愛着が湧いただけだ。


「そうですか。あなたが言われたことは全て実行しましょう。それでは詳しい話をお願いします」


俺はその後学院長と、アリエラを蘇生させる件と、俺の魂を移す件を話し合う。

アリエラを今の俺に生き返らせることが出来ない理由は魂が体から既に離れているからだ。

蘇生のスキルは使えるが、これは死んですぐの人間を生き返らせるスキルだ。

アリエラを生き返らせるなら、アリエラの魂を探してこないといけない。


王子は聞いているだけで蚊帳の外だが、これは仕方ない。


その後、エルクの魔力が安定してくるにつれて、俺はあの空間に吸い寄せられていく。

外に出れたからと、俺の方に体の所有権が移ったわけではないようだ。

抗えなくなった時、俺はまた閉じ込められる。


この後の段取りを決めた後は、王都に戻りながら外の世界を眺め、俺は見慣れた空間へと戻った。

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