第141話 新入生
予定通り長期休暇最終日に王都に到着した僕達は、まず学院の男子寮に行き、ダイスくんの部屋へと行く。
継承権争いに関係することなので、ナイガルさんのところに行く前にダイスくんに声を掛けようと思ったからだ。
でもダイスくんはいなかったので、諦めてお姉ちゃんとナイガルさんの所へと行く。
ガンガン!
僕は屋敷のノッカーを叩く。
「ああ、エルク君。先日はありがとう。皆喜んでいるよ。聖女様、ナイガルといいます。以後お見知り置きを」
ナイガルさんが出てきて、先日衛兵の人達を治療したお礼を再度言われる。
「それはよかったです。今お時間は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。なんの用かな?」
僕は男の遺体を引き渡して、ルフのことは伏せて何があったのか説明する。
悪魔は儀式が途中だったからか、戻っていったと説明した。
「なるほどな。一つ聞かせて欲しい」
「なんですか?」
「何故嘘をつくんだ?」
「何のことですか?」
「悪魔のことだよ。自慢ではないが、私は嘘には敏感なんだ。嘘をつく時、誰もが多少なりとも顔や声色に変化が出る。エルク君が悪魔の話をした時、声が少し高くなったな」
嘘が本当にわかるなら誤魔化しようがないということではないだろうか……。
「……確かに嘘をつきました。悪魔とは僕が契約しました。殺すのを躊躇ったからです。悪いことをするつもりもさせるつもりもありません」
「悪魔と契約しましたか。その悪魔はどこにいますか?」
「ルフ、出てきて」
ルフが僕の影から姿を現す。
「お初にお目にかかります。ルフと申します」
「これが悪魔ですか……。人と変わりありませんね」
「今は人に化けてもらってます。本来はツノと尻尾が生えてます」
「そうですか、わかりました。では、この方はこちらで引きとります。証拠が残っているとは思いませんが、エルク君の故郷の村近くの森も調べるとしよう」
ルフのことを色々と言われるかと思ったけど、ナイガルさんは亡くなった男を引き取り、調査をするという。
「ルフのことはいいんですか?」
「悪いことを企んでいるわけではなさそうなので気にしません。私は悪魔だからという理由で捕まえる気はありませんよ。驚きはしましたが、罪を犯していないなら衛兵の出る幕ではありません」
「わかりました。ありがとうございます」
ナイガルさんを僕は誤解していたようだ。
前にダイスくんが、ナイガルさんは悪は許さん!って人だって言ってたけど、ナイガルさんの中の悪の基準は、悪魔なんてよくわからない存在でも揺るがない程に、確固としたものだった。
事件の後処理はナイガルさんにお願いしたので、お姉ちゃんと別れた後、今度はラクネの家に向かう。
無事に帰ってきたことを伝える為だ。
ローザに話をする余裕があったかわからない。
「こんにちはー!」
僕はラクネの家の前で呼びかける
「あら、エルク君。ラクネ、エルク君が来てくれたわよ」
ラクネのお母さんが出てきて、ラクネを呼んでくれる。
「エルク君、帰ってきたんだね。ありがとうね」
ラクネに会って早々にお礼を言われる。
「急にどうしたの?ローザのことなら本人から何回もお礼を言われたよ」
言われた記憶はないけど、言われているはずだ。
記憶が欠落しているなんて心配させるだけだし、わざわざ言わなくてもいいだろう。
「まだ誰からも聞いてないんだね。エルク君と別れた後、私達も盗賊に襲われたの。多分最初から私達……というよりもフレイちゃんとアメリちゃんを狙ってたんだと思う」
「大丈夫だったの?怪我してない?」
まさかそんなことになっていたなんて……。
「大丈夫だよ。エルク君が私達に色々と魔法を掛けてくれてたでしょ?防護魔法とか身体強化魔法とか」
そういえばなんだか嫌な気がして色々とスキルを使った気がする。
必要ないと思いながらも一応と、使っておいてよかった。
「そうだね。掛けた気がするよ」
「盗賊は40人くらいいたんだけど、そのおかげで誰も怪我しなかったよ。エルク君が掛けてくれてなかったら多分逃げることも出来なかったと思う。エルク君のおかげで、逃げるどころか返り討ちにしたよ。だからありがとう」
「そんなことになるなんて思ってなかったけど、ラクネ達が無事でよかったよ。ラクネはローザに会った?フランベルグ領で何があったかは聞いた?」
「ローザちゃんには会えてないよ。忙しいみたいで寮に帰ってないみたい。フランベルグ家が襲われたって話は広がっているから、噂で聞いたことは少しは知ってるよ」
「そっか。明日から学院が始まるけど、ローザは来れるかな?」
「来れるといいね」
難しいかもしれないけど、来て欲しいな。
「エルク君は帰省は出来たの?」
「うん。あんまり長居は出来なかったけど、お母さんとお父さんも王都に引っ越してくれるって言ってくれたよ」
「良かったね。それじゃあ一緒に帰ってきたの?」
「村の人に挨拶とかしないといけないからすぐには出発出来ないって言われたよ。だから僕とお姉ちゃんだけ先に帰ってきたよ。雪が積もる前には来てくれるんじゃないかな」
「早く来られるといいね」
「うん。それじゃあまた明日ね」
僕はその後、女子寮の方に行ったけど、フレイもアメリもアンジェもいなかった。
無事帰ってきたよって言うだけだから、いないなら仕方ないね。
今日会えなくても、明日になれば学院で会えるはずだからその時に話をしよう。
僕は寮の自室に戻りベッドに横になる。
トラブル続きの長旅で疲れた僕は、夕食を食べるのも忘れて眠ってしまった。
翌日、学院に行くと教室の中がざわざわしていた。
何があったのか気になったけど、ローザがいたので、先にそっちを優先することにする。
「おはよう。大丈夫?」
「エルクとエレナちゃんのおかげでなんとかね。改めてありがとう」
あれ?前はお姉ちゃんのことを聖女様って呼んでたのに、名前で呼んでる。
僕の記憶が無いところで、仲良くなったのかな?
「王都に先に戻ったよね?何で襲われたのかわかったの?」
「引き返したアメリ達も襲われたって話は聞いたかしら?」
「うん。昨日ラクネに聞いたよ」
「フランベルグ領が襲われただけなら、何か恨みを持っている人が主導していたって可能性もあるけど、アメリ達も狙われたってことは継承権絡みじゃないかしら。40人くらいいたみたいだから、金品目的の盗賊の仕業とは思えないわね」
「やっぱりそこなんだね」
「大分第一王子派が有利になってきているから焦っているのでしょうけど、今のところ第二王子派が関わっていたという証拠は見つかってないわね。今お父様が街の復興をしながら調査を進めているわ」
「早く落ち着けばいいね」
もっと平和的な方法で次の王様を決めてくれればいいのに……。
「……そうね」
「ラクネに聞いたんだけど、寮の方にも帰れてなかったんだよね?学院に来れてるってことは、ローザの方は落ち着いたの?」
「私はお父様の代理で城まで報告に行っていただけだからね。思ったより時間が掛かってしまったけど、私がやらないといけないことは済んでいるわ」
「そっか。何か力になれることがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとう。本当に困ったらお願いするわ」
「いつでも言ってね」
僕はローザと話を終えた後、アメリとフレイとアンジェに挨拶をしてから、教室の中がざわついてる理由をフレイに聞く。
「なんだか教室の中がざわざわしているけど、何かあったの?」
「転入生がまた入ったのよ。あそこの男の子」
フレイが指した方には確かに見たことのない顔の男の子がいた。
「アンジェが転入してきた時はこんなにざわついてなかったよね?何か理由があるの?」
アンジェが転入してきた時は、僕が1人増えていることに気付かなかったくらいだ。
だから、ざわついていなかったと思う。
「特待生として転入してきたからよ」
「アンジェも特待生じゃないの?僕もだけど、村から来た人は学院に通える程のお金はないはずだよ」
「エルクは特待生でも合格しそうだけど、違うわよ。多分アンジェは特別枠なのよ。エルクもね」
「何が違うの?」
「実力のある人材がお金がないという理由で埋もれないようにする為の制度が特別枠よ。学院側から、お金を払う必要もないし、優遇もするから通って下さいというのが特待生ね。特別枠は生徒の為、特待生は学院の為の制度ってことね」
「そうなんだ。それほどあの人が優れているから、教室の中がざわついているんだね」
「そうなんだけど、それだけじゃないのよ。学院長に模擬戦で勝って特待生の座を勝ち取ったって噂があるのよ」
あの学院長に?え、ほんとに?
「学院長に模擬戦で勝てるなんて想像出来ないんだけど、本当に勝ったの?」
「噂だから本当かどうかは知らないわ。この学院で特待生になるには、学院の職員と模擬戦をして、学院長に認められる必要があるらしいのだけれど、私の知ってる話だと、誰と模擬戦をしたのか誰も知らないらしいの。だから、学院長が自ら模擬戦をしたのではないかって。それで、特待生として認められたってことは模擬戦に勝ったのではないかって話よ」
尾ひれを付けて噂が一人歩きしている感じかな。
「信憑性は薄そうだね」
「そうね。でも特待生というのは間違いないから、かなりの実力者ではあるはずよ。これから訓練を一緒にやるのだから、噂が本当かどうかもわかるのではないかしら」
「そうだね。教えてくれてありがとう」
噂の真意はわからないけど、これから一緒に学ぶわけだから仲良く出来ればいいな。
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