第3話

 翌朝2人は岩山の麓に立っていた。前にいるレスリーが行くよと言ってから杖を前に出すと岩山が部分的に凹んでそこに階段が現れてきた。


「便利ね」


「よじ登るよりはずっと楽だろう?」


 レスリーが杖を突き出して階段を作りながら岩山の斜面を登っていく。前にレスリー、後ろにアイリーンの並びで階段を登り、途中で杖を突き出して大きく岩を凹ませてそこで休憩を取る。


 岩場に座って並んで水を飲む二人。高い場所にあるのと周囲が見通せるほど見晴らしが良い。景色も綺麗だし何より吹いている風が心地よい。風に顔を向けながらアイリーンが


「レスリーはあの穴の奥にいる魔獣について心当たりはあるの?」


「いや、全く思い浮かばないよ。御伽噺に出てきていたドラゴンとか?」


 だったら楽しいわねと言いながらしっかりと休憩を取ると再び岩の階段を登っていくと洞窟に近づくにつれて2人の表情が厳しくなってきていた。洞穴から尋常ではない気配が漂ってきていたからだ。レスリーが作った岩の階段を登って洞窟の入り口に立つと、レスリーが立ち止まって顔を前に向けたまま背後のアイリーンに言う。


「抜刀しないで剣を戻して。強大な気配だけど敵意を感じないんだ」


 その言葉で剣を鞘に戻してから少しの間じっとしていたアイリーンも


「本当ね。すごい気配だから思わず抜刀しちゃったけどよく感じれば敵意は感じられないわ」


 そして岩山の中腹にある洞窟の入り口に着いた2人はゆっくりと洞窟の中を奥にすすんでいく。洞窟は高さが10メートル、幅はそれよりも少し大きい。大きな穴で奥がどうなっているのかは入り口からは見えない。


 入り口から30メートルほど中に入っていった時、薄暗くなっている洞窟の奥から


『我らに何か用か?』


 と2人の脳内に声が聞こえてきた。声が聞こえてくるとその場で立ち止まって2人で顔を見合わせてからレスリーが前を向き、


「山の中を歩いていたら岩山の中腹に大きな洞窟の様な穴が開いているのが見えたので何だろうとここまで登ってきたんだ」


『この岩場を登って来ただと?』


 話ながらゆっくり奥に歩いていくと奥はちょっとした広場になっていてそこには御伽噺でしか見たことが無いドラゴンが2頭いた。1頭は身体を地面につけて座っており、その横にもう1頭が四つ足で立っている。2頭ともじっとこちらを見つめてきている。


 御伽噺じゃなかったんだ。本当にいたんだと顔を見合わせる2人。


 ドラゴンの強烈な気配が2人を包んでくるがそこに敵意はまだ感じられない。とは言っても一つ対応を間違えるといくらレスリーとアイリーンでもあっという間にこの世から消滅させられるだろう。それほどまでに桁違いの気配が洞窟の奥に漂っていた。


「知っているかもしれないが俺達は人間だ。そして俺はレスリー、こちらがアイリーン。夫婦で国内を旅している」


 夫婦と聞いて目の前の2頭のドラゴンがお互いに顔を見合わせる。


「アイリーンは戦士というジョブで俺は風水術士というジョブをやっている。そして風水術士は自然の力を借りて魔獣を退治したり土壌を改良したりする。そのジョブの特性で岩場に階段を作って登ってきたんだ。こんな風に」


 そう言ってレスリーが洞窟の壁に杖を突き出すと壁が凹んでそこに数段の階段が出来上がった。そうして再び杖を振ると壁は何もなかった様に元の姿に戻る。レスリーの術をじっと見ていた2頭のドラゴン。


『なるほど。それでお主らがあの岩の絶壁をここまで登ってきたというのが嘘ではないのがわかった』


「私達は自然と人間とがどうやって共存していくのが良いのかその答えを探すために国中をあちこち動いてして木や川や山の様子を見て回っています。このレスリーが手をつけてはいけない自然、手をつけても良い自然を見分けることができるのでこうやってあちこち歩いては気がついたことを国に提言しています。そうして歩いている時にこの山の中腹に大きな穴が空いているのを見つけて中を確かめに来ただけです。まさかここにドラゴンがいるとは思いませんでした。静かな時を邪魔したのなら謝ります」


 そう言ってアイリーンが頭を下げると隣でレスリーも同じ様に頭を下げる。


『お主らの目的はわかった』


 話かけてくるのは四つ足で立っている手前側のドラゴンのみで背後のドラゴンは座ったままだ。そうして立っている方のドラゴンが話だした。


『我らは見ての通りの龍族だ。普段は北の雪を被っている山の奥に住んでおる。そして普段はそこから外に出ることはない。産卵の時以外はな』


 産卵と聞いて2人の表情が代わり、そして視線を奥のドラゴンに向ける。その視線に気づいたのか


『その通り。我とその相方だ。お主らと同じく夫婦よ。そして今相方は生まれた卵を腹でずっと温めておる』


 なるほど。それでずっと座ったままなのだ。


『龍族は産卵してそれが孵化するまではこの岩場でじっと時を過ごしてきておる。もうずっと昔からそうなのだ。この場所は我らの子供を産む場所になっておるのだ』


「でも今までドラゴンを見た人はいないはず」


 アイリーンが言うと


『この土地が我らの土地ではなく人間の土地であることは我らも知っておる。だから人間の目に触れない様に月がない真っ暗な夜の日に高い空を飛んでここにやってくるのだ。我々は交戦的な種族ではない。しかも人間の土地を借りておる以上無用な摩擦は避けたいからの』


 強者のオーラはそのままだが敵対心は全く感じない。むしろ優しい目をして2人を見てくる2頭のドラゴン。


 レスリーとアイリーンも今は洞窟の中に座っていた。少しの間を開けてドラゴン2頭と人間2人が対峙する様な格好だ。


「それでここで卵が孵化して空を飛べる様になったら北の山に戻っていくんですね」


 座っている方のドラゴンが頷き、立っている方が


『そういうことになる』


 と答える。


「それでいつ孵化するんですか?」


 アイリーンが聞くと今まで黙っていた背後のドラゴンが座ったままで


『あと1ヶ月くらいかしら』


「一番大事な時ですね。無理をなさらずに」


『ありがとう。優しい人間ね』


 レスリーは奥に座っている雌のドラゴンに顔を向けると


「言うまでもないが俺達2人はこのことは誰にも言わない。だから安心してくれ。ここは人が住んでいる土地からはずっと離れた山の中だ。周囲には魔獣と呼ばれる人間と敵対している魔物がうじゃうじゃといる。まず人はやってこないだろう。もっとも誰もがこの岩場の崖を登ってこられるとも思えないが」


『お主の様に術で階段を作ることができる人間は少ないということか?』


「少ないというか今は恐らくこの世界で彼一人ですよ。風水術士というジョブ自体が珍しい存在ですし彼ほどのスキルを持っている人はいないですね」


 アイリーンの言葉に頷くドラゴン達。


『もうずっと前からここはドラゴン族の産卵の場になっておる。ここに人間がやってきたというのもお主らが初めてだ。今の言葉に嘘はないだろう。となると我らも安心してここに居られるということだ』


 その通りと頷く二人。そうしてレスリーが水を手に取って癒しの水というと霧になった水を自分とアイリーンにかけて


「これは癒しの水という。自然の川の水に風水術をかけているんだ。疲れが取れるんだよ。ドラゴンに効くかどうかはわからないがずっと洞窟の中にいて動かないのも疲れるだろう?よかったらかけてあげるよ」


 自然の水なら我に貰おうかと言うのでレスリーは癒しの水を雄のドラゴンの身体にふりかける。


『これは気持ちの良い水だ。これも術なのか?』


「疲れを取る術をかけている。ドラゴンに効くかどうかは不安だったけど効果はある見たいだな」

 

 雄のドラゴンが自然の水ならば相方にも頼むといい、雌を見ると頷いていたのでレスリーは同じ様に癒しの水を雌のドラゴンに降り注いだ。


『気持ちいいわね。体が楽になったわ』


 そりゃよかったと言い、二人で立ち上がると


「一番大事な産卵の時期に邪魔をして悪かった」


「元気な子供が生まれるといいですね」


 と挨拶をしてそれじゃあこれで失礼すると2頭のドラゴンに背中を向けると、


『心優しき人間よ』


 その声に振り返ると雄のドラゴンから光が溢れ出してそれが二人を包んでいった。


『我ら龍族と通じた証だ。これでお主らは我らの友になったということだ』


 二人は自分の体を触ってみるが特に違和感も何も感じない。


「ありがとうございます」


 そうして今度こそ洞窟から出ると登ってきた階段を降りていく。数段降りると杖を振って階段を消し、また少し降りては階段を消すということをしながら夕刻に岩山の麓に戻ってきた。

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