第一章

覚醒

第1話

(またあの夢だ…それに今日は以前よりもはっきりと見えている)

 

 レスリーは王都にある安宿のベッドの上で目を覚ました。窓の外は暗く真夜中なのか物音ひとつしない。

 

 数か月前から週に1度の頻度でレスリーは夢を見ていた。夢と言っても最初は大きな木の幹が視界一杯に広がっているだけの景色で。それがどんな木でどこにある木なのかはわからない。ただ、その木はカメラがゆっくりとズームアウトしていく様に毎回その夢をみるたびに木は少しずつその姿を現していた。

 

 今日レスリーが見た夢の中の木はほぼその全貌を見せていた。ただ周囲の景色が分からないのでどこにある木かまでは分らない。

 

 

 レスリーは王都所属の新米冒険者だ。17歳で田舎から出てきて冒険者登録を済ませて半年。最初のFランクからようやくEランクに上がり城の外での活動を始めたところだった。


 と言ってもせいぜい薬草取りやスライム退治くらいだが…

 

 クエストの報酬は宿代と食事代で半分以上が消え、残りは自分の装備や剣を購入するために貯めているというどこにでもいるEランクの冒険者の1人に過ぎない。

 

 ジョブはランクDに昇格した時点で自分で決める事が出来る。それまではカードにこそ冒険者と書いてあるが実際は小間使いに毛が生えた程度と世間からは見られていおり冒険者とは認められない。

 

 誰もが通る初心者の道なのでレスリーもそれを気にすることも無く早くDランクに昇格する為に日々クエストをこなしていた。

 

(今度見た時は恐らくあの木の場所がわかるだろう)

 

 そう思ってその夜は再び眠りについた。

 

 

 そしてそれから数日後の夜、レスリーの夢の中に再びあの大木が現れた。今度は予想通りその木の全景とそしてその背後の風景までしっかりと映っていてレスリーは見た瞬間にそれがどの木なのかを理解する。

 

 いつも薬草を採る時に目にしていた森の中にあるあの大きな木だ。

 

 すぐに場所がわかったが、更にびっくりしたのは夢の中でその大きな木が泣いているからだ。木が泣いているなんてあり得ないが、夢の中ではその大木が涙を流しているのがレスリーにははっきりと見えた。

 

 翌日の朝、レスリーは王都を出て森に向かう。何の変哲もない冒険者の服にズボン、靴。腰には冒険者初心者ご用達の片手剣を刺している。

 

 森に入ると足元にある薬草には目もくれずに奥に入っていくと暫くして夢の中で何度も見た大きな木が見えてきた。その大木に近づいてまたびっくりするレスリー。

 

 遠目には分らなかったが近づいてみるとその大木の幹には蔦が巻き付いていてそしてそのせいか大木の枝は細く、枝についている葉は殆どがくすんだ色をしていて誰が見ても木に生気がないのがわかる。

 

 このまま放置しておくと巻き付いた蔦が木の養分を吸い取ってしまってこの大木は枯れてしまうのは明らかだ。

 

 レスリーは夢の中で何度も観た目の前の大木、それが涙を流していたことを思い出すとおもむろに片手剣を手に取って

 

「大丈夫だ。今からお前さんの養分を横取りしていた悪い野郎を成敗してやるよ」

 

 そう言って片手剣で幹に巻き付いている蔦を切っていく。手が届く範囲の蔦を切り落とすと今度は持っているロープを幹に這わせるとそのロープを自分の身体に巻き付け、ロープを手前に引っ張って勢いを付けて幹を上っていき、大木の幹に寄生している蔦を次から次へと切り落としては地面に落としていった。

 

 3時間程かかって大木に寄生していた全ての蔦を切り落としたレスリー。

 木の上から地面に降りてくると下から大木を見上げてその幹を手で軽く叩いて

 

「これで大丈夫だ。長生きするんだよ」

 

 さてとじゃあ薬草採取を始めるかと大木に背を向けて薬草の生えているところに歩き出した時

 

『我にまとわりついていた蔦を切り落としてくれて礼を言う』

 

 突然レスリーの頭の中に誰かの声が聞こえてきた。思わず立ち止まると

 

『ここ半年程、毎夜人間に呼びかけておったが応えてくれたのはお主だけだった』

 

 再び脳内に聞こえてきた声にゆっくりと振り返るとそこには蔦を切り落としたばかりの大木が、それを見て

 

「話かけてきてるのはその大木なのか?」

 

『そうだ。お主が蔦を切り落としてくれたおかげで死の縁から帰ってくることができた』

 

「木が人間と話しができるなんて」

 

 レスリーは驚きながらその大木に近づくとその根元に腰を下ろす。

 

『以前、といっても相当前にはなるが、その頃は多くの人が我らと話をすることが出来ていた。それが時が流れ人間が自然をないがしろにしだした頃からそう言うことができる人間がどんどんと減っていった。自然をないがしろにするというのは自分達だけの為に切ってはいけない木を倒したり、削ってはいけない山を削っていく行為の事だ』

 

 大木が脳内に語り掛けてくる言葉を黙って聞いているレスリー。大木の話は続く。

 

『人間はそれで豊になったかもしれん。ただ自然をないがしろにしたツケは必ず来る。それが大洪水や山崩れだ。人間は災害と呼んでいるがそもそもその原因を作ったのは自分達である事に気が付いておらん様だな』

 

 そこで一旦言葉を切った目の前の大木。

 

『そんな中でわしの言葉と気持ちを受け取る人間がおるかどうか半信半疑だったがお主がそれに見事に応えてくれた。まだまだ人間の中にも我らに通じる事ができる者がおると思うと嬉しい限りだ』


 レスリーは座ったままで木を見上げ


「どの木もこうやって人に話しかけることができるのか?」


『いや全ての木ができる訳ではない。できるのは何百年と生きてきた木の中でもごく一部の木だけだと聞いたことがあるがその理屈は我もわからん。そして今のこの世界で我以外でこうやって話かけることができる木があるかどうかもわからんのだよ。なんせ動けないからの』


「なるほど。ところで俺は毎日の様にここで薬草を採取しているんだがそれはいいんだろうか?」

 

 レスリーは今の話を聞いていて薬草取りの時に何かやってはいけないことをしてしまっていたのではないかと思い大木に聞いてみる

 

『薬草は使われる為に生えておる。根っこを残して綺麗に切っておれば何の問題もない。お主はそうして採取しておるのだろう。気にすることはないぞ』

 

 その言葉を聞いてほっとするレスリー。

 

『お主が蔦を切ってくれたおかげでこれからまた何百年か生きることが出来そうだ。ただ切られた蔦はこれで寿命が尽きる。それを忘れてはいかん』

 

 聞いているレスリーは成る程と思った。片方だけの事を考えてはいけないのだと。

 

『お主は冒険者と呼ばれる種類の人間だろう。冒険者の中に風水術士というジョブがあるはずだ。以前は多くの人間が風水術士となって冒険をしておった。最近は全く見ないがな。そして風水術士は自然を理解することで木と語りあうことができた』

 

 風水術士、レスリーが初めて聞く名前のジョブだ。そんなジョブがあったのかと考えていると

 

『お主がどういう冒険者になるのかはお主の自由だが、まだジョブを決めていないのであれば風水術士を志してみてはどうだ? まだ風水術士にもなっていないのにこうして我と意思を通じ合えるところを見ると風水術士としての素質が十分ありそうだからな』


 レスリーはまだ自分がどういうジョブに向いているのかどうかもわからなかった。ただ自分自身の持っている魔力は平均並みで決して多くはないことからぼんやりと戦士か狩人かと考えていたくらいだ。


 それよりも、そもそも風水術士とはどういうジョブなんだ?と大木に聞いてみると、


『自然界は様々な精気で満ちている。精気は加護とも言われている。それらを使って自分に害を及ぼしてくる者から身を守ったり時にはその敵を倒したりする。それが風水術師だ。魔法ではないぞ。自然に存在している精気を借りて戦うんだ』


 風水術士というジョブについてなんとなくわかってきたレスリー。自然界にある力を利用するジョブっぽい。


「人間のことについて詳しいんだな」


『長く生きておるからの』


 そう言ってから、


『仮にお主が風水術士をジョブとして選んだとして、後から後悔しない様にわしが少し手助けしてやろう。嫌でなければ両手でワシの幹に触れてみるがよい』

 

 レスリーは座っていた根元から立ちあがると言われるままに話かけてきている大木の幹に両手を当てた。すると手の平から身体の中に何かが流れ込んでくる感じがする。

 

 暫く手を当てていてもうよいだろうと言われて幹から手を離す。

 

『自然界に漂っている精気を取り込みやすくするための能力を授けた』

 

 そうは言われてもまだぴんと来ないレスリー。身体が軽くなったり体力が漲ってきた感じもない。手足を動かしているレスリーに

 

『手の平の上で風よ渦を巻けと言ってごらん』

 

 レスリーは言われるままに右手の平を広げると「風よ渦を巻け」と声にだした。すると手の平の上に小さな渦巻が現れた。びっくりするレスリーに

 

『それは風の精気を使った結果だ。風水術士として極めていくとその威力が増えたり同時に複数の渦を出せたりする様になる。今お主に注ぎ込んだのは風水術士として生きていくのなら必須の能力だ』

 

「いろいろとありがとう」

 

 大木に礼を言ってその場を離れるレスリー今のやりとりをしている途中から自分は風水術士になろうと決めていた。

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