第11話 祭りの後
最後の書類を書き終え、紅葉は一つ大きな伸びをした。
やっと仕事がはけた。
明日からは通常業務か…。
凝り固まった肩を反対の手で軽くもみながら、来客用のソファに座り込む。
疲れた。
留守にしていた間、中也にいろいろとやらせてしまった後ろめたさもあって、仕事は肩代わりしたが…Qの所業の後始末に、傘下組織の被害状況の確認と、支援方法の策定、
そんなことよりも、
このどさくさにまぎれないとできない仕事もある。
まぁ、そちらは仕事というよりは、…遅れた手土産のようなものだが。
そういえば、中也にも報告内容を見せておくべきだった。
幹部同士の認識に相違があるといろいろと厄介だ。あとで連絡しよう。
中也め。迎えに行った車中で目を開いたと思ったら、開口一番に太宰の名を出すとは…。殴ってやろうかと思ったが、さすがにやめた。
太宰が消えて4年。
相棒であった中也が組織内で
それでも、人知れずいろいろな努力を重ねてきたのだろう。圧倒的な体術技術に加え、重力操作の異能も駆使するポートマフィアの鬼札として君臨し、幹部として申し分のない組織統制の手腕も身に着けてきた。…よく育ったものよ。
その間の恨みつらみと、4年越しでもコンビを組める相性の良さと、複雑であっただろうが、それも含めて…
――― 「姐さん」
目を開けると、こちらを見下ろす中也がいた。
「勝手に入ってすみません。ノックしても返事がなかったから、倒れてるのかと思いましたよ」
にやりと笑う中也は、ソファの背もたれに行儀悪く座っている。
自分はというと、座っていたはずのソファに横になって眠っていた。
夢でも見ていたのならいいのに、仕事の事やらいろいろと考えていただけのような気がして、疲れが取れていない。
「…そうよのぉ。疲れた」
起き上がって、改めて座りなおす。
中也はだまって、その隣に来る。
「仕事、すみません。俺の分まで…」
「ん?それはこっちのセリフじゃ。わっちが探偵社にいた間、いろいろと大変じゃったじゃろ?」
「まぁ…体力仕事しかしてませんから」
襲撃の手配とか、メッセンジャーボーイとか、ゾンビ対応とか、太宰のクソバカの相手とか。
指折り数える中也は、最後の項目で不機嫌極まりない表情になる。
可笑しなものじゃ。
「ロマネで帳消しにはならんかったのかえ?」
「太宰の件に関しては、ロマネがもったいねぇっす」
「うふふ。相変わらず、仲がいいのぉ」
「やめてくださいよ」
悔しそうに、横目でこちらを見る。
座ってしまえば、こうして目線が合う。立っていると、元々の身長差に加えて、こちらもヒールを履いているものだから、中也が見上げてくる顔ぐらいしか、見たことがない。
だから、先ほどのような見下ろす顔は、久しぶりに見た。
「仕事だけじゃ、ないっすよね?疲れてるの」
「まぁ。…そうじゃのぉ」
そう答えてから、気の抜けてしまっている自分に改めて気づく。不意に、どこか穴でも開いてしまったような、虚無感に襲われる。
…疲れた。
「連れ戻しに行ったはずが。…できなかったばかりか、そもそも最初から、そんなことは無茶な話だった。気づいてなかったのは自分だけ。結局、…わっちは何をしに行ったのやら…」
隣にいるのが、かつての私の小僧なら。
このぐらいの弱音を言うのも、酔狂の一つ。
無駄なことをしやがってと、中也ぐらいは
「必要だったんですよ。いろんな意味で」
中也は自身の帽子を深くかぶり、目を隠す。
同時に、そういえばいつもより距離が近いことに気づいたが、もう遅かった。
「姐さんにとっても、
肩に回った手は優しく引き寄せているはずなのに、抗うことは許さず。
そのまま中也の肩に頭を乗せることになる。
「帰ってきてくれただけで、いいんで。俺は」
小さくつぶやく声が、肩越しに聞こえる。
もうしばらく、かなり長いこと、誰かに肩を抱かれることなどなかった。
「…甘いのぉ」
その相手が彼なら、いやではない。
「首領が何も言わない。それがすべてです」
我らは駒であり、役割の本質は自身ですらつかめない。
それこそが首領の思惑。
その世界で、生きていくと決めた。
「だから、別に、見てないんで」
「ん?」
帽子の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。
「泣いても、いいです」
「…ふはっ。。。」
「え?」
「あはははははっ!…うふふふふふ」
「な。…なんっすかっ!」
中也が肩を離すのと同時に、両手の袖で顔を隠し、必死で笑いを収めようとする。
「うふふふふっ。…ふふふ。中也、。。。かわいいのぉ」
「・・・うわっ。なんかめっちゃくちゃ腹立ちます」
「ふふふっ。すまんすまん。すまぬのぉ」
まったく、、、空気読んでくださいよ。くうきっ!
不貞腐れた中也の文句にも謝りながら、
疲れなど、もうお前に触れただけで、とっくにどこかへ行ってしまっていて、
だから早く、この袖の囲いが不自然に映らないように、
ただの笑い泣きだと、思われているうちに、
このとめどなく流れる涙が、止まるように。
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