第9話 伝言の後に

錆びついた鉄の道が続く地下坑道。

ひんやりとした空気の中、通告が終わった中也は、相手の頭目が自身の部下に指示を出すのを黙って聞いていた。


退くよ。賢治」

先ほどまで勢いよくなたを振り回していたサディスティック女が、細身系怪力男子を促す。…無視を決め込まれるのは好きじゃない。


「おーぃ。ちょっと待て」

ボブカットを少しだけ揺らせて、鉈女が視線をこちらに投げる。


首領ボスからの伝言は終わったが、俺の用事は終わってねぇ」

「用事?今更何の用だい?」

女は至極めんどくさそうだ。

「てめぇら、人質取っただろ?…そいつどうした?」


少し間をおいて、女は怪力男子を先に行かせ、改めてこちらに踵を返した。


「あの和装の美人さんのことかい?」

「あぁ」

「元気だよ。ここには連れてこられなかったけどねぇ」

「どこにいる?」

「…さぁ?」

女は試すようにこちらを見つめている。


「生きてンだろうな?」

女の目が鋭くなった。

「これでも、私ら探偵社はまっとうな生き方してんだ。あんたらマフィアみたいに人の命をごみクズのように扱ったりはしない。一緒にしてほしくないねぇ」

…なるほど。怒ったのか。


「じゃあ、問題ねぇな」

その一言で引いて見せると、女は目つきを変え、呆れたように言った。

「…それだけ?」

「あぁ。生きてんなら問題ねぇ」

「殺さない程度に苦しめているかもしれないだろ?拷問とか」

「それはねぇよ」

「なぜわかる?」


その問いが出る時点で、姐さんが至極まっとうに扱われている証拠なんだよ。

知らねぇってことは、幸せなことだなぁ?鉈女さんよ。


「お前らが本当にそれをしていたら、お前らは今、ここにはいないんだよ」

「…返り討ちにあってるはずだって?」

「それで済むなら天国だ。死んだことに気づくのは地獄の窯の底に入ってからだ」


そうだよ。あの人なら、こいつらを全員くびり殺した上で、さっさと本部に戻ってくることぐらい、難しいことじゃねぇんだ。

だが、そうはなっていない。何か考えがあるからか…


「手を出さなくてよかったなぁ?…誰の指示だ?社長さんか?」

ふぅ。。。女はため息を一つついてから答えた。

「太宰だよ」


・・・。


「だぁざぁいぃぃぃぃ???」

「…ぁ。ホントに怒った」

「はぁ?いまなんつった?」

「いや。…太宰が『中原中也が来たら、自分の名前を出せ。そしたら怒り狂った上に勝手に帰っていくだろうから』って。」

「はぁぁぁ???」

「多分しつこくいろいろねちねちとなめくじのように粘着質な絡み方してくるだろうから、困ったらいつでも名前を出しちゃって。って言ってたんだけど…」


ぁんのやろぉぉぉぉぉ~っ!

ってことは、太宰の野郎、姐さんになんか吹き込みやがったな。

人の傷口えぐるどころか、針先でつついてつついてつついてえぐって中ほじって悶絶する相手を涼しい笑顔で眺めながらさらにえぐり続ける悪魔やろうがぁぁぁぁっ!


「…てめぇ。いくら伝言だからって、当人目の前にしてよくそれだけ言ってくれるなぁ?」

鉈女をにらみあげるが、相手は意に介さぬ目つきで答える。

「私が言ってるんじゃないもん。ねぇ。もう行っていい?こっちも忙しいんだよ」

「…ったく。太宰のバカに言っておけっ!さっさと姐さん返せってな」

「用事が済んだら、ちゃんと返すってよ。」

じゃあね。女は手を振りながら、坑道の中に消えていこうとする。

その背に最後の言葉を投げる。


「ウチの首領が、痺れ切らさねぇうちにしとけよ」

じゃなけりゃ、姐さんもろとも、探偵社を潰しにかからなきゃならなくなる。



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